<<通巻20号>> こだわりも大事・解放も大事

記事提供元:北園茶房
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺

20:こだわりも大事・解放も大事

 さて、誤解してはいけないのは、成功するためには、ある種の強迫観念から解放される必要があるが、良い物を作るのにこだわりは必要だ、という点だ。
 こだわり方と解放、本考察で言う「ハナタレ」のバランス好例として、実写映画化された『カムイ外伝』の原作者、白土三平氏について考察してみよう。
 日本漫画界には、前回触れたトキワ荘系の他に、貸本漫画系、あるいはガロ系と呼ばれる大家集団がある。(★補1)
 白土氏はこの貸本系の筆頭級の大家であり(水木しげるもそうなのだが……水木氏については、少々深すぎるのでまた日を改めて)、『カムイ伝』『カムイ外伝』『サスケ』などの忍者漫画群で有名である。
 しかし、氏は忍者漫画の草分け、というワケではない。
 忍者漫画は、漫画以前に少年向けの伝奇小説ジャンルから受け継がれる「対決モノ」の系譜であり、これは現在主流の「能力バトル」(★補2)にまで連綿と受け継がれている。
 白土氏の最大の功績は、それまで単なる荒唐無稽でしかなかった「忍術」を、ある種のリアリティをもって「ひょっとしたら自分にも可能かも?」と、読者の子供達に思わしめるリアリティを付加したことにある。
 秘伝の巻物を加えてドロン、という説明不要の手法から、術の一つ一つに科学的に見える解説を加えていくという手法は、一見すると解放とは真逆、閉鎖的になっているように思える。
 しかし、白土氏の根源が「大自然への畏怖と尊敬」にある点を考慮すると、自然の法則に極力従った上で、荒唐無稽で想像を超えた忍術、というモノを描き、大自然の凄さ、すばらしさを読者に伝えようとしている事が分かるのだ。(★補3)
 この様に、大事なのは「自分の根源」にはこだわり抜き、それ以外の点では自在に発想することが肝要なのである。


補1
 『月刊漫画ガロ』は、1964年から2002年頃まで青林堂が刊行していた漫画雑誌。
 一誌の中に、本考察で言う「トラワレ」と「ハナタレ」がここまで複雑に交錯している漫画誌も珍しい。
 これは、普通の漫画誌は、編集サイドで「ハナタレ」ているモノ以外をフィルタリングする作業が必須なのに対して、ガロにおいては「作家のこだわり方」にのみ注目する形で編纂されていたからだと思われる。
 著者の友人が昔、ガロに原稿の持ち込みをした際に、担当者は原稿の修正箇所を数えて、「小手先に修正するくらいなら全部書き直すくらい一生懸命にやらないと」と言って原稿を突っ返したという。
 作品の善し悪しを、売れるかどうかではなく作家の熱意に求めていたという好例であろう。
補2
 人知を越えた能力を持つ者同士が対決を繰り返していく形式の物語で、『ジョジョの奇妙な冒険』『ハンター×ハンター』などが代表格。
 『サルでも描けるまんが教室』において竹熊健太郎氏が指摘するように、忍者漫画は超能力マンガへと変遷を遂げ、現在ではもっと幅広い能力全般を含む「能力バトル」へと昇華している。
『サルまん』では、忍者漫画から超能力漫画への変遷は「努力的修行の放棄」と位置づけているが、これに「ある程度納得できるだけのリアリティ」が加味されると能力バトルになるようで、このジャンルには能力の根源的原理の解説は不可欠となっている。
 しかし、この視点自体は、すでに白土氏の忍者漫画群にすでに見られるものであり、この点が氏の忍者漫画が、現在も読まれ続けていることの最大要因なのではないか、と見ることが出来る。
補3
 白土氏は自給自足系の自然グルメ系の人としても有名で、「カムイの食卓―白土三平の好奇心」など、ソレ系の出版物も数多い。
 自然への畏怖と、ソコに立ち向かい、あるいは協調して自らの糧は自分で得るというスタンスは、忍者漫画と言うよりは農村を中心とした歴史群像である『カムイ伝』の中でも再三にわたって強調されており、氏の実体験に基づくこの点へのこだわりと読者への啓蒙は、白土氏の最大目的の一つなのだと言うことが見て取れる。
 ……その一方、忍者漫画の方は根源原理には説得力があり、実際に真似てみたいと思わしめる忍術や秘薬のほとんどが、よく考えてみたらかなり無茶な飛躍によってなりたっていたりして、この点は確かに発想の自由に解放されているといえる。

次回は「21:天才のこだわり」
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&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&& 執筆者紹介 &&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&
◆星雲御剣(せいうん みつるぎ)
 80年代後期ファミコンブームの頃から各ゲーム誌で攻略記事を担当。
 ゲームのみならず、マンガやアニメにも造詣が深く、某大手出版社の入社試験では、面接官に聞かれたウルトラマン、仮面ライダー、ガンダムの顔と名前を全部言い当てたのが合格の最大の決め手になった、と言われている(笑)。
 独特のオタク感を実生活に反映させる生き様を模索、実践する求道者。
◆清水銀嶺(しみず ぎんれい)
 唐沢俊一氏主宰の『文筆業サバイバル塾』第一期塾生。
 既刊『メイド喫茶で会いましょう』(共著)
 『ためログ』にて記事を執筆。

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