長く、退屈に感じた4限目の授業が終えるチャイムが鳴り、奏汰は目を覚ました。口元からは、わずかに涎が乾いたような感触がした。すでに授業の片づけをしていた他の生徒たちは、教材を机、或いは鞄にしまい、代わりにお弁当を広げた。財布をもってキャッキャッと購買の弁当や唐揚げを買いに廊下へ出ていった。
「急げ!パン売り切れるぞ!」
「唐揚げ丼残ってるか!?」
「早くきてよー!」
「仲野、今日奢って!」
クラスの中でも中心的な人物たちはグループとなって楽しそうに走り去っていく。奏汰は我関せずといった様子で、静かに弁当を出そうとした。
が、リュックのどこを探してもそれらしいものは無い。
「…………忘れた」
「奏汰」
呼びかける声に顔を上げると、机と机の間に友樹と花蓮が立っていた。眩しい笑顔を向けて来る彼は、親指を突き立てて廊下の方を差している。
「飯、行こうぜ」
「あぁ。学食寄っていい?」
「お!俺唐揚げな!」
「なんで俺が買うんだよ」
漫才のようなやり取りをしつつ、奏汰はすぐに財布を取り出して立ち上がった。朝の登校と同じように3人で学食へと向かった。平日だけ営業している学食は、校舎の階段を下りて一階の防火扉を抜けてから一度外へ出て、別棟へと移動しなければならない。上履きのまま、コンクリートの床を歩いた。渡り廊下自体は人はまばらだが、建物内は学食を買い求める生徒達で一杯だった。
これだけの人がいると、本当に騒がしい。一つの小さなイベント会場のようであった。ある意味、弁当の取り合いという名の戦場である。秩序はあるように見えて、存在しない。礼儀正しく列などならんでいたら、割り込まれることもしばしばある。もしも欲しいものがあるのならば、前に並ぶ人と離れてはいけない。
先ほど教室を飛び出したクラスメイトもちらほらいた。
「うわ~混んでるな」
学食のカウンターとは反対側に奏汰たちは立っている。
「まぁいいや。俺行ってくるよ。何か欲しいものはあるか?」
「俺は唐揚げ」
「宮野さんは?」
「えっと、じゃあ、おにぎり」
「分かった」
奏汰はお金を2人から預かると、人込みの中へと潜り込んでいった。
「ねぇ。古谷君、大丈夫かな」
彼が戻るのを待つ間、花蓮が話しかけた。
「何がだ?」
「ほら、友里ちゃんのこと」
「あー。あいつは、あいつなりに考えているみたいだぜ」
人混みを見つめながら、友樹は土曜日のことを思い出していた。幼馴染で、ずっと片思いをしていた奏汰が気がかりだった。
自分の親友が、未だかつてないほど苦しんでいる姿を見たくない、自分に何か出来ることはないか。そんな風に思っていた。しかし、奏汰という男は彼の想像以上のものを1人で、いや、例のロボを合わせれば2人で背負っていた。ずっと近くにいた友達がなんだか、1人で前へ行ってしまうような感じがした。
「ちょーと、大変なことに巻き込まれてるな」
自然と、無意識に、そう口走っていたいた。
「大変なこと?」
きょとん、とした顔を花蓮は向けて来た。
自分が言ってしまったことに慌て、「あ、えっと………」と目を泳がせた友樹のことを、花蓮は不審に思っただろう。
「……何でもない」
危うく秘密を漏らすところだった友樹は、分かりやすく咳払いをして、話題を変えようとした。
「そ!そいえば、なんていうか、その……ほら、期末試験どんな感じだ」
不自然。その言葉がピッタリであった。彼の態度と強引な話題転換に、花蓮は気づき、ちょっと寂しそうな顔をしつつも、指摘しないで彼に逢わせてあげた。
「えっとね、まぁまぁ、かな。でも歴史がちょっと怪しいかも……」
「あの先生、授業で何言ってるか分からないもんな」
「ほんと!難しいことばかり言われてて……。あとでワークの解き直ししなきゃ……」
「あとで勉強教えてな」
「う、うん」
友樹の軽快な口調とは反対に、花蓮はモジモジとしながらほんのりと顔を赤らめて、窓の方を見た。
「ごめん!お待たせ!」
いつの間にか奏汰は戻ってきており、彼の手には焼きそばパンと、爪楊枝の刺さった唐揚げの入った紙コップと、ラップにくるまれたおにぎりが抱えられていた。友樹には唐揚げを、花蓮にはおにぎりを手渡した。
「どこで食べる?」と奏汰。
「屋上でいいだろ?」と友樹。
「空いてるかな?」と花蓮。
2人に友樹は元気に笑いかけ、「行ってみようぜ」と先導していった。
奏汰と花蓮は見合って、「行くか」「うん」と目で会話をしてついて行った。
5階へ上っていき、外へ出る扉を開けると、ここはそれなりに賑わっていたが、学食ほどではなかった。わざわざ、1階から5階へ登る生徒もいないだろう。それに屋上を解放しているこの学校では、ここで過ごすことが当たり前すぎてむしろ飽きてしまう生徒がいるのだ。
「ほら、こっち座るぞ」
友樹に促されて、鉄作の根本にある出っ張りを椅子代わりにして、3人は座る。袋を破り、奏汰は口に焼きそばパンを頬張る。
「お前それだけ?」
友樹が訊いてきたので、口が塞がってる奏汰は首を縦に振って答えた。
「お前、タコさんウィンナーやるよ」
そう言って、友樹は唐揚げとは別に、自分で持ってきておいた弁当箱からタコさんウィンナーを差し出した。
「え?いや、いいよ」
飲み込んだ奏汰は自分は大丈夫だと手を振って断ろうとする。
すると友樹は真面目な顔を奏汰に向け、弁当を近づける。
「お前な、どんな時にも食べられる奴が、戦場で生き残るんだよ」
あまりにも真剣な表情で、深刻そうなトーンで、真面目っぽい台詞をタコさんウィンナーを見せながら言うものだから、奏汰は思わずにやけた。
「どこ情報?それ」
後ろから花蓮が言った。
「マンガ」
「だと思った」
クスクス笑う花蓮と、演技臭く頭に片手を置いて笑う友樹につられて奏汰も笑う。
「分かった分かった。一個貰うよ」
爪先でタコさんウィンナーをつまみ、奏汰は口へと放りこんだ。
「こうしてるとカップルみたいだな」
「気持ち悪いからやめてくれ」
「冗談だって」
お道化て見せる友樹に対して、真面目なトーンで奏汰は返した。
こいつの冗談はたまにとんでもない方向へ走るな。
そんな風に思っていた時、今まで大して聞こえてこなかったはずの周りの声が、まるでスピーカーのボリュームをあげたかのように大音量で聞こえた。
「え!見て!これ凄くない!?」
「本物かな?」
「撮影じゃね?」
「いやでもトレンド入りしてるって」
「本物だって絶対!」
友樹も花蓮も不審に思い辺りを見回すと、屋上にいる誰もがスマホを見ている。
皆、相変わらず楽しそうだな、と奏汰は焼きそばパンを一口食べながら、ふと空を見上げた。すると黒い影の中の大きな悪人顔と目が合った。
「………………は?」
小さく漏れた困惑の声の後、轟音が聞こえ、次に生徒の誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「見ろよ!あれ!」
「え…………嘘……」
「何だ何だ!?」
この場にいる誰もが鉄柵に掴まり、街の方を見ている。ある者は指をさし、またある者は自分の目を疑っている。奏汰、友樹、花蓮の3人も立ち上がり、振り返ってみる。
「………マジかよ」
先ほどまでの朗らかな声が嘘かのように、冷え切った友樹の声が横からした。
皆が見ているもの。それは、空自由自在に飛ぶ、異様な存在。それは時々、地上にいる人間たちにみせつけるように八の字に飛んでいる。目を凝らしてみると、何やら黄色い星の形をしたその腹になにか人形のようなものが付いてる。奏汰にはそれが映画の撮影ではないと、直感で分かった。そそそもあんな形状で、あんなにも自由にとは思えない。おそらくは、友里が言っていた、「アンドレ」という組織の造ったロボット。
他の生徒は、あれUFOと捉え興奮してスマホで撮影しようとしている人もいたが、何人かは最近のロボット騒動を思い起こして怯える表情も見受けられた。
奏汰と友樹はお互いに顔を見合わせる。
「やばい………!」
「やばい………!」
2人の声がそろった時、奏汰のズボンのポケットが青白く点滅した。
「奏汰!そっち未確認飛行物体が接近してる!危ないからとりあえず逃げて!死ぬよ!?」
咄嗟に奏汰はポケットを抑えた。
「?今、女の子の声しなかった?」
花蓮が奏汰の方を不思議そうな顔で向いた。
「い、いや、多分他の生徒だと思う」
「そうそう。ほら、こんなに騒いでいるしさ」
「ふーん。ねぇ、あれ、何かすっごく嫌な感じする……。なんか、今すぐ、ここを離れないと、ダメな気が」
彼女は不安そうな表情を浮かべ、怯えた目で謎の飛行物体を見ている。
「友樹!皆を非難させて!屋上はダメだ!とにかく、隠れさせるんだ」
「奏汰は!?」
「俺は、行ってくる!」
奏汰はそれだけ言うと、階下へと繋がる階段目掛けて走った。
「あ!あれってもしかして!こないだのロボットの仲間じゃねぇか!?こんな所にいたら皆やられちまうぞ!?」
走る後ろから、友樹の大根役者っぽい演技で、わざとらしく叫ぶ声がした。
アルミ製の扉を体当たりしてあけ、奏汰は階段を駆け下りた。階下にいる生徒達も、謎の飛行物体を一目見ようと、窓から身を乗り出している。
まずい!と奏汰はポケットからペンダントを取り出し、口元に近づけ、叫んだ。
「来い!フライア!」
「今、向かってる。外で待ってて」
奏汰は、昇降口で上履きを履いたま外へと出て行った。1階からでは、建物が邪魔をしてよく見えなかった。仕方なく、走って校門を抜けた。同時に生徒達の悲鳴が耳を刺した。
「きゃああああああああああああああああああ!」
直後に爆風が吹き、奏汰は飛んでくるものから身を守るために伏せた。土埃に目を瞑った。どこかで爆発したような音が2度聞こえた。目を開けてみると、少し離れたほうで黒い煙を上げている。
「始まった…………!」
先ほどの空を飛ぶ物体、生徒の悲鳴、爆発音。間違いない、攻撃してるんだ。
「フライアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「着いたよ!」
奏汰の叫び声に呼応するように、フライアは目の前に現れた。彼女はすぐさま奏汰を抱きかかえ、キャタピラを回転させ、敵ロボットの元へ走った。
移動中、奏汰は開かれたハッチからコックピットへ潜り込み、揺れる内部で収納スペースからプロテクターを取り出した。
「友里、使わせてもらうぞ」
テキパキと上半身と下半身の裾を通し、手袋を装着した。その姿はさながら戦闘ロボットに登場する熟練パイロットのようであった。着替え終え、足をペダルのそばに置き、操縦席に座った。
「よし、やるぞ!」
レバーに手をかけ、応戦体勢に入った。
「敵の位置は?」
「今、こっちに向かって来てるみたい。あと30秒で接敵!」
「何か武器は?」
「対空兵装なら、機関砲と対空対地追尾ミサイル(グングニル)が有効だよ。対艦長距離連装粒子砲(ラグナロク)なら当てなくても至近弾で落とせると思う。飛んでるし、多分軽装甲のはずだから」
「先に対空対地追尾ミサイル(グングニル)を撃つか」
「何発?」
「とりあえず2発!」
「了解。対空対地追尾ミサイル(グングニル)、スタンバイ!」
フライアの号令に呼応するように、彼女の背中に取り付けられている箱のようなもの、バックパックの一部がスライドして開き、そこから小さな粒子が大量に出てきた。粒子たちは対艦長距離連装粒子砲(ラグナロク)の時のように物体を形成していく。ラグナロクの時と違う点は、形成されていくものは赤色で、太く、長い槍の形状をしていたことである。形作られる時間は、わずか1秒。
「見えた」
予想よりも早く、敵機の黄色い悪趣味な姿が見えた。奏汰はモニターに映る敵を指先でタッチした。
「ロックオン」
「ファイア!」
フライアの背中から2本のミサイルが敵目掛けて発射された。赤い尾を引き、空を翔けていく。悪人顔のロボットである敵はそれに気が付き、フライアに向かっていた進路を外れ、Uターンして回避しようとしている。
「無駄。私のミサイルは当たるまでどこまでも追いかける」
フライアは停止し、メインカメラを敵に向けた。
「頼む………!当たってくれ…………!」
奏汰は祈った。しかし、上手くはいかなかった。ミサイル2本が目標に命中するまえに、敵飛行型ロボットは、何かオレンジ色の閃光を後方に放っており、数発当たったミサイルは誘爆させられてしまった。空で大きな爆発が起き、衝撃波が近くの家々の窓ガラスを割り、瓦が揺れた。もし当てることが出来ていたら、一撃で墜とせたはずだ。
「チャフ………」
「だめか」
2発目も1発目と同様、空中で爆散した。
空中戦に特化した敵は、どうやらそう簡単に勝たせてはくれないらしい。
「フライア、飛べないのかよ?!」
「私はあくまで陸上兵器なの!分類上は戦車なんだから飛べるわけないでしょ。出来て高いジャンプ!あとはビルかなにかあれば、ワイヤーを使って空中戦が出来るけど………」
「そんなのこんな田舎にあるわけ…………」
「敵機、接近。ロックオンされた!」
考えている暇もなく、今度はこちらの番だと言わんばかりに星型の背中を持つ敵ロボットがフライア目掛けて、5発のミサイルを発射した。
「全速後退!」
奏汰はペダルを思いっきり踏み込み、レバーを後ろへ引いた。操作に合わせて、フライアの転輪が高速回転し、後ろへと下がって行った。
2発は地面に着弾し、地面を抉りっとった。残り3発は直撃コースだと、レーダーが知らせた。メインカメラでも迫って来る不気味な光の姿が見えた。
「バリアーを張ってくれ」
「攻撃型防御障壁(ミョルニル)、展開」
後退しながら、彼女の正面に半ドーム状の壁が形成され、ミサイルが1発爆発、釣られて2発目爆発した。しかし、残りの1発は向きをいきなり変え、攻撃型防御障壁(ミョルニル)に覆われていないフライアの後方へと回った。
「まずい!」
直撃を防ごうと、回避行動を取るべきレバーを操作した奏汰だったが、結局間に合わなかった。フライアの右脚部、装甲板に弾着して大きく爆発した。衝撃により、フライアは左側に回転した。転がった先にあった工場かなにかの施設の壁が、フライアの衝突により半壊した。天井も壁の一部も崩れ、フライアは下敷きになった。