小装飾店(アクセサリーショップ)に寄り道した帰り、私たちは夕暮れのいちばん奇麗な時間の荒川の土手を、小装飾(アクセサリー)の話しで盛り上がっていた。「あ~あ、フッちゃんが羨ましい」と洩らすサッチ。
「なにがよオ?」と尋ねる私。
「だってさ、フッちゃんはああゆうのくれる男子(ひと)が多勢(たくさん)いるんだもの」
「冗談じゃないわ。そりゃあ美男子(いいおとこ)から貰うなら嬉しいけどォ、みんな鏡と相談したらって男子(おとこ)ばっかりなんだからァ、迷惑よ」
「お-、お-、非道(ひど)いこと言いおって」とはトマト。
でも私は、
「事実よ」と言い切った。
「安田とはどうなのよ? けっこうイイ線いってるんでしょ?」とサッチ。
サッチが言っているのは、同じ学級(クラス)の安田秀一(やすだしゅういち)くんのこと。
安田くんは顔も格好(スタイル)も及第点だから、ちょっと好型(タイプ)かなって思って、何度か恋遊(デート)の誘いをOKしたことがある。
「ん-、でもどうせなら、もうちょっと上の位(ランク)の方が希望(イイ)な。」
トマトは呆れて、何も言えないという風に肩を竦めた。
───!!!!!!!
唐突に川上、私たちが歩いてきた方向から、男の子の悲鳴がした。
「えっ!?」と三人同時に川上の方を振り返ると、小学四~五年生くらいの男の子が川を流されて来る。
そして、その友達らしい男の子が二人、どうしていいのか分からず、溺れてる子を追って川岸を走って来た。
私は鞄を放り投げ、土手を駆け降り、靴を脱ぎ捨てて川に飛び込もうとした。
すると、後から追って釆たトマトとサッチに取り抑(おさ)えられた。「ちょっとフッちゃん! 今、何月だと思っとんの?」とトマトが怒鳴る。
言われなくたって判ってる。
今は一月、三学期だってまだ始まったばかりだ。
「だから早く助けるのよ! 放して!」
そうやって揉めている問にも、男の子が必死に苦暴(もが)きながら、私たちの前を流されて行く。
思いのほか流れが速い。
そこへ、溺れた子を追って釆た三人の男の子たちが、私たちに助けを求めて釆た。
「誰か呼んで来る!」とトマトが土手を駆け登って行ったけど、そんな余裕(ひま)は無い。
私はサッチの手を払い除けると、溺れている子を追って急駆(ダッシュ)した。
「ダメよフッちゃん、水が冷たすぎるわ!それにフッちゃんの身体(からだ)じゃ泳ぐのは‥‥‥‥」
追って来るサッチの叫び声を無視して、私は川に飛び込んだ。
水の冷たさが肌を刺すけど、そんなものは辛抱(ガマン)!
全身の機條(バネ)を充分(フル)に使って、グングン男の子に近づく。
そして、なんとか男の子を腕の中に収めると、岸に向かって泳いだ。
でも、男の子が激しく苦暴(もが)いてしまって、思うように泳げない。
もう少し、もう少しで岸に……。
その時──!
厳(するど)い痛みが腰を襲った。
───しまった!!
思う間も無しに、下半身が言う事をきかなくなる。
身体(からだ)が沈んで、ガバガバと水が口や鼻から入って来た。
閃(ちら)っと岸を見ると、サッチが走って追って来ながら、私に何か叫んでいる。
でも、だんだん肌の感覚が無くなってくるのと一緒に力が尽きてきて、意識が遠去(とおの)いていく。
───せめてこの子だけでも!
と男の子に手を伸ばさせて、岸に強攫(しがみ)つかせた。
追って来ていたサッチが、男の子を引き上げる。
でも私の方は、もう身体(からだ)に力が入らなくて、あっという間に岸から遠離(とおざか)ってしまった。
───もう……ダメ………………。
視界が暈(ぼや)けてきて………、誰かが…、人が二人………………土手を駆け降りて来るのが見え……。
バシャン!
───あ?
飛び込んだ………!?
遠くに救急車の警報(サイレン)が聞こえる。
もう何も見えない………。
音も聞こえなくなってきた………。
誰かが私の身体(からだ)をつかんだ。
そして私は、気を失った────────。
────────────────。
気を失って、まる二日。
病院の個室で目を醒ました私の目に最初に写ったのは、白い天井と、心配そうに私を覗きこむお母さんの憔悴しきった顔だった。
意識の戻った私の容体を調べるお医者さんと看護婦さん。
それと、親戚や学校の男子たちが入れ替わり立ち代わりお見舞いに釆て、それからの二~三日というもの、気の休まる暇も無かった。
それでも、あの溺れた男の子も助かり、一足先に退院して温安心(ひとあんしん)。男の子の両親にお礼まで言われて、なんだか擽(くすぐ)ったい。
で、私の方はというと全治十日間で、少なくともあと四~五日は病院生活。
───あ~あ‥‥‥。
でもまあ、トマトとサッチも学杖の帰りに毎日来てくれているから、学校の話題には遅れずにすみそうだけどね。
ついでに………………勉強も。
そして入院してから七日目、男子たちも花代がもたなくなってきたのか、お母さんやトマトとサッチくらいしかお見舞いに来なくなった頃、予想外の男子がお見舞いに来た。
大将───。
引戸(ドア)を開けて入って来た瞬間(とたん)に、思わず言ってしまう。
「ど-ゆ-風の吹き回し、大将。私のこと嫌いなんじゃなかったの?」
それに対して大将は、
「嫌いだよ」と簡潔(サラリ)と答えた。
───ムッ!
「じゃあ、なんで来たのよ!?」
「話があってな」
「話って?」
大将は即(すぐ)には答えないで、壁に立て掛けてあった鉄製(スチール)椅子を寝台(ベッド)の横に持ってくると、ドッカと座った。
「……まさか、お前が溺れてる子どもを助けるなんて思わなかったよ。ちょっと見直したぜ」と珍しく私に優しい表情(かお)を見せた。
でも私は、
「ありがと」と素っ気なく答えてみせる。
少し間が空いて………………。
「腰、壊したんだってな」
「壊れてたのよ、生誕(もと)から。生まれつき腰が弱くて、小六の時に鉄棒から落ちて決定的に不能(ダメ)になったわ。………体操選手に…なりたかったんだけどね………」
「知ってるよ」
「なんでよ!」
不思(つい)、声が酷(きつ)くなる。
「前に命から聞いたんだ」
「天野から?」
「あいつも、お前の愛好者(ファン)の一人なんだぜ」
「やめてよ。あんな根暗な背低(チビ)に好かれているなんなて、考えたくもないわ」
───いけない!
口に出しちゃった。
二人は友達なんだから、怒る…よね?
閃(チラ)っと目線を合わせると、案の定、キッと睨まれた。
「な、何よ……」と強がってみせたけど、怖いよー。
ガタン!
と椅子を倒しそうな勢いで大将に立たれて、私は慌てて布団を頭から被ってしまった。
「やっぱお前は、そんな女だったんだな」と大将の低い声。
「生誕(もと)からそういう性格なのか、それとも、ちょっと顔が美々(いい)からって学校の男どもに持て離されて歪んじまったのかは知らないが、お前には命に好かれる資格は無いな」 私はガバッと起き上がって、
「どうゆう意味よ!?」と叫んだ。
でも大将は、
「そうゆう意味だよ」とだけ答えて、帰ろうとする。
───脳天(あったま)きた!!
「ちょっと! 故意(わぎわざ)そんなことを言いに来たワケ!?」「違うよ。だが、必要が無くなった」
「何よ、それは!?」
「いい、いい、もういい」と面倒臭そうに手を振る。
「戯謔(ふざ)けないでよ! いったいなんの用だったのよ!?」
するとグッと顔を近づけてきて、
「命の悪口無しに聞けるか?」と脅(すご)まれ、「・‥…判ったわよ」と不貞腐れぎみに答えて、私は寝台(ベッド)に横になった。
「それで……?」と訊くと、 大将は鉄製(スチール)椅子に座り直して話し始めた。
「お前、誰に助けられたか憶てるか?」
「・・・・・トマトが人を呼んで釆てくれて……」
「憶てないんだ……?」
黙って諾(うなず)くしかない。
すると大将は、小時(しばら)く黙り込んで私を見据え、静かに、でも決然(きっばり)と言った。「命だよ」
以外すぎる答えに、
───えっ!? と頭を起こした。「あの日、溺れてるお前を助けたのは命だ」
「そんな‥‥‥、信じられないわ。だって……一年の時から、天野が体育に出ているのなんて見たこと無い。いつも見学で……」
「判ってる。命とは小学絞ン時からずっと…、五年の時から同じ学級(クラス)で、………一度も体育に出たことは無い。水泳も‥‥‥」
「だったら……!」
「だが、事実(ほんとう)だ」
「泳げないのに?」
「お前だって、泳げないのに子どもを助けようとして川に飛び込んだんだろう? 自分の身体(からだ)に欠陥があるのを知っていながら…」
「だけど……、私はもともと運動神経は良かったし、体育や水泳も全く不能(ダメ)って訳じゃないもの……」
「確かに、命の場合は…。命も、知っていながら飛び込んだんだ。お前を助けるために。欠陥があるくせに‥‥‥」
「何が……?」
「生まれっき脆(よわ)くてな、心臓が……」
「心臓…!!」
「真冬の川の水だ。普通の奴だって発作を起こしかねない。況(ま)して命の心臓じゃ…」と俯き、「一溜まりもなかった‥‥‥。あの考無(バカ)、俺に委(まか)せとけばいいものを…、俺より先に飛び込みやがって……」顔を上げ、「好きだったんだよ、お前が…、お前みたいな奴を……、本気で!!」
今にも掴み掛かってきそうな、大将の凄味のある表情(かお)に気圧(けお)される。
「…それで…、どうなったの‥‥‥?」と訊くと、また俯き、「……もう、一週間も意識不明だ。病院(ここ)の305にいる」
私は、枕に顔を埋もらせた。
そして………考える。
───天野が私を?
───あの天野が!?
───まさか………!
体育の時は、いつも隅の方で膝を抱えて見学していた。
蒼白い顔で、死んだような目で。
───その天野が、私を…?
───心臓が?
───そう言われれば、そんな風にも‥‥‥。
───私を‥‥‥?
───本当に?
───でも、誰もそんなこと教えてくれなかったわ………。
頭の中が乱雑混線(グシャグシャ)になってくる。
「…それで……、私にどうしろというの?」声の音域(トーン)が上がり、「どうしろと!?」
悲しいときと同じような、なんだか判らない霧靄(モヤモヤ)したモノが胸の奥に溢れて息苦しくなってくる。
でも、涙なんか出てこない。
だって、悲しくなんかはないもの。
ただ……。 そのせいで、思わず言ってしまう。
「やっぱり信じられないわ。天野が私を助けたなんて。あの天野が…」
そこで大将に、ペチッと軽く頬を叩く真偽(まね)をされた。
穏やかな表情(かお)で。
「俺はただ、命がお前に惚れてるってことと、命がお前を助けたんだということを伝えに来ただけだ。だから…」と大将は、何か考える風にして黙り込んでしまった。
何?
何を俊巡(ためら)っているの?
不意に大将は立ち上がり、笑顔を作って言った。
「まあ、命が目を醒ましたら、礼ぐらい言ってやってくれ。じゃあな」
「あ…」───待って、と私が声を継ぐ間も無しに、大将は病室(へや)を出て行こうとして引戸(ドア)を開けた。
するとそこには、唖驚(びっくり)して大将を見上げるトマトと、俯いているサッチがいた。「お前ら…、聞いてたのか」と訊く大将に、「えっと、その…」とトマトが言い訳を探していると、突然サッチは大将をキッと睨み上げ、平手打ちを放って走り去ってしまった。
その目には、いっぱい涙が溜まっていたようだった。
「サッチ!?」とトマトが後を追い、大将も、「じゃな」とだけ言い残して、引戸(ドア)を閉めて行ってしまった。
ポツンと取り残されてしまった私……。
───サッチって、もしかしたら……。
───でも、なんであんな奴…‥‥。
───私を助けたなんて、信じられない…。
───本当に…?
───だとしたら………。
───えっ、でも……。
また頭の中が乱雑(グシャグシャ)になってくる。
そんな風に、いろんな思いを巡らせていると、引戸(ドア)がスーツと静かに開いた。
「サッチ!?」と思わず叫んでしまう。
でもサッチは、何も言わないまま近づいて来て、自分の学生鞄(かばん)の中から、封の切られた水色の封筒を取り出した。
それを、涙で目元を潤ませたまま、許乞(すまな)さそうに微笑み、そっと私に差し出す。
「何? これ?」と受け取った私は、表の宛名が私の名前なのに気がついた。
「サッチ、これは!?」
「‥‥‥さっきの大将の話、本当よ。トマトが呼んできたの、通りがかった大将と天野くんを…。天野くんは、フッちゃんを助けようとしたわ。必死で…‥‥」少し言葉を窒(つま)らせて、「封筒(それ)は、天野くんが脱ぎ捨てた標準服(せいふく)の衣袋(ポケット)に入ってたの。衣袋(ポケット)から隠(チラ)って覗いてたのが気になって…、取り出してみてフッちゃんの名前を見たら、そのまま自分の末広服(スカート)の衣袋(ポケット)に入れちゃってた………」
涙声になり、
「請怒(ごめん)…、請怒(ごめん)なさい。勝手に封まで開けちゃって…‥・。開けるつもりは無かったのよ。読むつもりも………」
───沈黙───。
「‥‥‥本当は、破いてしまいたかった! 捨ててしまいたかった! でも…」と涙をポロポロ溢れさせた。
「請怒(ごめん)…、請怒(ごめん)…なさい‥‥。もっと早く…教えようと…、渡そうと思ったんだけど……。ううん……」と首を横に振り、「アタシ…。アタシ……」
サッチは言葉を繋ぐことができなくなり、病室(へや)を出ようとした。
「サッチ、待って!」と呼び止める。
「私、こんなの貰っても困るわ」口調を明るくして、
「天野のこと好きなら、私、協力するわよ♪」
でもサッチは、背中を向けたまま答える。
「いいの……。いいのアタシは……。天野くんが好きなのは、フッちゃんなんだもん」
「そんなの…」
「フッちゃん。天野くん…いい人よ。優しいところも充満(いっぱい)あって………。小学校の頃は、あんな暗い感じじゃなくてね………」
「同じ小学絞だったの?」
サッチは、コックリと黙諾(うなず)いた。
「…アタシもね、天野くんに助けてもらったことがあるの……。六年生の時に…、男子に悪戯(いたずら)されたアタシを、護(まも)ってくれた。だから好きになったの…。なのに‥‥‥なのにアタシは、天野くんが虐められてる時、護(まも)ってあげられなかった。助けてあげられなかった。アタシには、天野くんを好きになる資格‥‥無い。だから……」
「そんな、資格なんて!」
でもサッチは、私の言葉を受け取らずに、
「‥‥‥明後日(あさって)頃には退院でしょ?学絞で会おうね!」と無理に作った明るい声で言って、引戸(ドア)を開けた。
引戸(ドア)の外には、大将とトマトが立っていた。
大将がサッチの肩を抱いて、トマトは私に軽く手を振って何も言わずに引戸(ドア)を閉めて行ってしまった。
また取り残されたような感覚に包まれて、私は視線を引戸(ドア)から手中(てもと)の封筒に移した。
サッチは直接(ちょく)には何も言わなかったけど、推測(たぶん)これは、天野が私に宛てた懸想文(ラブレター)………。
大将やサッチには悪いけど、私には天野を好きになんかなれない。
私は、封筒から隠(ちら)っと覗いている便箋を奥に押し込んで、花瓶の近くに置いた。 そして、布団に潜る。
潜ってから、ふと思った。
───捨てればいいんだ。
何も律義に取っておく必要(こと)は無い。
護美箱(ごみばこ)は、寝台(ベッド)のすぐ横(わき)にある。
私は、寝台(ベッド)から這い出して、封筒を手にした。
でも───。
いざ捨てようとすると、逡巡(ためら)っちゃって、また元の場所(ところ)に置いた。
だって───。
───本当に天野が私を助けてくれたの?
───本当に私のことが好さなの?
───そうだとしてサッチ…、本当に断念(あきらめ)ちゃっていいの?
───私は、どうすればいいの?
───懸想文(ラブレター)には何が書いてあるの?
私は、もう一度寝台(ベッド)から這い出して、封筒を手にしてみる。
だけど、やっぱり逡巡(ためら)っちゃって、また元の場所(ところ)に戻した。
それを、何度も何度も、繰り返し繰り返し、繰り返した………。
合間に、お母さんが見舞いに来たり、夕食を食べたり。
でも上の空で、お母さんの言葉にも生返事だけして、夕食の時も御飯をポロポロ零(こぼ)しちゃって……。
それでも結局、封筒から便箋を出すのに、何かが吹っ切れなくって、消灯時間にまでなってしまった。
そして、看護婦さんが夜の見回りに来た。
名札(ネームプレート)には、小原夏子(おはらなつこ)と書かれている。
「古谷さん、消灯時間よ。早くお休みなさい」
「はい・・・」と答えると、夏子さんは電灯(あかり)を消し、引戸(ドア)を閉めて出て行った。
そして、隣の病室の引戸(ドア)を開く音がした。
私は布団に潜り、もう数時間以上も考え続けている同じことに思いを巡らせ、それにも疲れると、穏段(しだい)に眠りに入った。
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AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98; Win 9x 4.90)
同姓同名です(^-^;
AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)
えっ?
どのキャラと?
……って、聞いちゃ駄目ですよねσ(^◇^;)。
子ども 憶についてー世界がもし100人の村だったら(4(子ども編))とは?
「100人の村」第4弾は「子ども編」。人類が子どもを失うことは人類そのものがそなえているはずの内なる子どもの輝きを失うことです。22億人の世界の子どもたちの現在、そし…