たまに、現実世界(ここ)とは別の世界があるんじゃないかと思うことがある。
目の前にあるこの世界じゃなくて、空の遥か向こうの星に、違う文明あるんじゃないか。
或いは、認識出来ていないだけで、違う次元にもう一つの世界が広がっているのではないだろうか。
最近のアニメや漫画では、よく異世界召喚や異世界転生なんてものがある。
僕が、もしも異世界に行けたら、なんてことをつい考えてしまう。
でも、どうやら最近、滅んでしまった世界があるようだ。
中学二年生、五月。僕(天野 慶介)は新しいクラスに馴染んできていた。
クラスメイトの顔や名前も、ちょっとずつ覚えて来ている。
昼休みの教室の隅で、ボーッと外を見ていると、1人の男子が近づいて来た。
「慶介、次の授業何だっけ?」
僕に話しかけてきたこの男子は、加藤 里久(かとう りく)。
幼稚園からの友達で、よく一緒に遊んだり、毎日一緒に登校したりしている。
騒がしいけどいい奴で、一緒に勉強面で迷子になっている。
「えーと……次、家庭科だね」
「おっけ、ありがと」
そんなやり取りをしていると、今度は教科書を抱えた女子が話しかけてきた。
「二人共、次は移動教室だよ。遅れると先生に怒られちゃうから早く行こ」
この人は夏川 凛音(なつかわ りんね)。
里久と同じく幼稚園からの幼馴染で、この二人と遊ぶこともある。
誰にでも明るく接し、かなりの友達想いの性格のためか人気が高い。
勉強では、僕と里久は凛音にお世話になっている。
気づけば、教室には僕らしかいなかった。
「分かったよ、先行ってて」
僕がそう応えると凛音は「遅れないでね」と言い残し、歩いて廊下に出て行った。
僕は椅子から立ち上がると、急いで後ろのロッカーから自分と里久の教科書を取り出し、手渡す。
「はい、里久」
「お、サンキュー」
僕たちは教室を飛び出て、階段を駆け降り、小走りで廊下の誇りを舞い上がらせ、何とか始業のチャイムと同時に被服室に入った。
クラスの皆はすでに座っていて、先生は今日の授業に使う布が入った段ボールを出していた。
しばらくすると、号令係の声で皆は先生に礼をし、退屈な授業が始まる。
家庭科は得意じゃないけど、苦手でもない。
「はい、ぞれじゃあ皆さん。ペアを作って、二人一つでミシンを準備しましょう」
家庭科の高島先生の声で一斉に皆立ち上がり、ペアを作る。
もちろん、僕は里久とペアを組む。
僕はミシンを持ってきて机に置き、里久はコードを電源に繋ぐ。
糸をセットし、ペダルを床に置く。
ミシンを用意すると先生から配られた布に針を刺し、縫い始める。
「この前さ、204系に乗って来たんだけどさ」
縫い始めて数分もしないうちに、里久が話始めた。
こういう作業している時間は、つい鉄道やアニメの話をしてしまう。
「やっぱり204系の音良いよな~」
それには僕も同感だ。
里久は鉄道にとても詳しいから、その話を聞いているうちに、いつの間にか興味が湧いてしまった。
僕も、最近の出来事を話したりする。
「あのアニメの戦闘シーンいいよね」
「最近、俺その作品見てないな」
「面白いよ、戦車が壁を破るの」
「どんなシーンだ(笑)」
ざわつく教室で、僕らの笑い声がかき消される。
先生がときどき注意するけれど、ちょっとすればまた騒がしくなる。
これが、いつもの僕らの授業だ。
僕はこんな風にごく当たり前に、ごく普通に友達とバカな話をして笑っているのが好きだ。
キーンコーンカーンコーンと、教室前の少し古い茶色のスピーカーから、五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「あーやっと終わったわ」
里久はそう言うと布を提出しミシンを片付けて、僕の方は布を袋に入れ、床に落ちた糸を拾いごみ箱に捨てた。
片づけ終わった人たちは、ぞろぞろと廊下へ出て行った。
僕らもその集団の中に入り、廊下に出たあと凛音と合流して三人で横に並んで歩き、教室へ戻る。
廊下の掲示板には、今月の生活目標や科学部のレポートが掲示されていて、日の光に照らされた埃が漂っている。
家庭科の授業が終わったら、あとは掃除とHRをして下校だ。
他の学年はもう掃除を始めているようで、薄暗い渡り廊下を長い箒で気だるそうに掃いていた。
教室に着くと、皆は教科書や筆箱をしまい、机と椅子を前に動かして塵取りや箒、雑巾を手に取る。
某改装番組でお馴染みの曲が、スピーカーから大音量で流される。
そんな音をよそに、黙々と教室の床を拭いていると、いつのまにか濡れた床の埃が黒い塊となり雑巾にまとわりついていた。
時折髪の毛が付着することもあり、僕は雑巾の端っこを摘まんで流しに持って行く。
「すごい汚れてるね」
流し担当の凛音が僕の雑巾を見て言う。
「なんか、日に日に汚れが増してる気がする…」
「ははは、頑張って。私も埃流されて大変だから」
「ごめん(笑)」
流しを後にすると、今度は窓を拭いている里久が変顔しているのを目撃する。
「…何してるの里久」と僕は里久に訊くと「いや何でもない(笑)」と笑いながら返した。
僕は笑いながら、再び雑巾で床を拭き始めた。
箒で掃ききれていないのか、さっきよりも 埃が多い。
腕を左右に動かしていくうちに、肩が段々と疲れてきた。
顔を上げると、雑巾で拭いた床を誰かがそこを踏み、上履きの足跡がくっきりと残る。
拭いても、また汚れちゃうんだよね…と思っているうちに、気づけばもうみんな机を並べ始めていた。
僕も自分のやるべきところをパッパッと拭いて、机を運ぶのを手伝う。
やっと掃除が終わると、今度はロッカーから鞄を取り出し、帰る支度をする。
今日は全部活が休みの日なので、里久たちと帰れる。
そう思っていると、里久は僕の方へ駆け寄ってきて「あ、ロッカーと間違えた」と言って自分の席に戻る。
たまに里久は変なことをする。
それがまた面白い。
HR終了後、僕は鞄を背負って里久達と下校する。
日が傾き、薄くオレンジ色に光る空。寂しく佇む電柱の下を、小鳥たちが遊びまわる。
地面はろくに整備されていないのか凸凹で、あっちこっちが欠けているアスファルトやいくつもの石ころ、道の隅や塀にはびっしりと生えた苔。
僕は、そんな学校帰りの風景を眺めながら、二人と話していた。
「俺の卓球部さ、練習がキツくてさ」
「上の階まで卓球部の声聞こえるもんね」
里久は卓球部、凛音は演劇部に入っている。
「陸部だって割と辛いよ。短距離なのに長距離練させられたことあるし・・・」
僕はと言えば、陸上部である。
こういう話では大抵、どの部活が一番辛いかという話になる……はず。
「陸部は風あるやん。卓球部のプレハブ、熱気こもってクソ暑いし、冬はマイナス平気でいくからな」
僕は想像しただけでゾッとし、反論出来なかった。
「私の部活は結構緩いし、私の学年の人数は少ないけど、みんな明るいから結構楽しいよ。後輩たちが頑張り屋さんだから抜かれないようにしないとだけど」
凛音は少しはしゃいだ声で言う。
そこからは里久がボケて、僕がツッコみ、凛音が笑っている。
話題の合間に、明日の予定や持ち物の確認を三人でする。
古いボロボロの車と、まだ綺麗な真新しい車が、細く長い道路を走ってゆく。
気づけば、もう二人と別れる十字路に差し掛かった。
「じゃあな、また明日」
「あ、うん。また明日。気をつけてね」
「じゃあね。バイバイ」
「うん、バイバイ。気を付けて」
僕は、二人が手を振り歩いて行くのを見送ると、自分の家へと歩き出す。
鞄の重さを背中で感じながら、しびれる手でカギを開ける。
「ただいま~」
誰もいない家から当然返事など帰って来るわけもなく、僕は玄関の扉を閉めた。
両親は二人で同じ会社で働いているらしく、帰ってくる時間はいつも不定期だ。
夕方に帰って来ることもあるし、朝に帰ってくることだってある。
何の仕事をしているかは知らない。
今日は早めに帰ってくるらしいから、それまでに僕は宿題を終わらせようと二階の自分の部屋へ行き、勉強道具を机に並べる。
今日は、英語と国語の宿題だけなので、シャーペンを出して問題を見つめる。
答えが解った途端にさっと答えを書き込み、時には字を間違え、消しゴムを出して消す。
それを繰り返して、ワークと汗で滲んだ手は黒く汚れていった。
「ここは……えっと」
少し時間がかかったけど何とか終わらせ、背伸びをすると、時計が五時過ぎをさしているのが見えた。
一階の方から玄関の扉がガチャっと開く音と共に、「ただいま~!帰ってきたよ~!」という明るい声がした。
階段の踊り場から顔をのぞかせると、買い物袋を床に置いて靴を脱ぐ母さんと父さんが見えた。
僕は階段を駆け下りて玄関に向かう。
「おかえり母さん、父さん」
「ただいま、慶介」
父さんは優しい笑顔で返してくれた。
僕は買い物袋を両手で持ちあげ、冷蔵庫まで運ぶ。
父さんはすぐに洗面台へ行き、手を洗う。
母さんは僕と一緒に、買った物の仕分けをする。
ジャガイモ、人参、玉ねぎなど、色々な食材が大きめの買い物袋に入っている。
「シチューにするわね」と仕分けをし終えて、母さんは明るい声で言う。
「何か手伝うよ、お母さん」と父さんが母さんに声をかけた。
「じゃあ、これ切ってね」
「分かったよ」
母さんは未だに新婚気分で、父さんは満更でもなさそうにしている。というか、二人とも年齢のわりにかなり若く見える。
基本的に家事は母さんがやるけど、父さんは積極的に母さんを手伝っていて、とてもいい父さんだ。
母さんは、明るくて元気で時々気が強くて、他のお母さんたちとも仲が良いらしい。
トントンと包丁で何かを切る音、流しの水がながれる音が重なって聞こえてきた。
時々、母さんが父さんにちょっかいを出したり、二人で笑いあったりしている。
そんな子供の前でイチャイチャしてる両親の後ろで、僕は一人テーブルを拭く。
しばらくすると、テーブルの上には白いお皿に乗った二つのパン、色とりどりのサラダ、そして今できたばかりの暖かいシチューが並んでいる。
家族全員が席につき、手を合わせ「いただきます」と声が揃った。
今日も母さんが作ってくれたご飯は美味しかった。
まだ、序盤だけしか読んでいません。
その上での感想です。
文章が説明的になりがちで、ゲーム等のシナリオを読んでいる感覚でした。
それ故に、状況などが丁寧でイメージがしやすい反面、躍動感の感じにくいものとなっていました(後者は、物語が動き出したら変わるのかもしれませんが)。
割と懐かしい細かな思い出に触れるので、少し勝手にノスタルジアを感じました。
これからに期待しています。