田舎から帰った次の日、カーテンの隙間から差し込む光が顔に当たり、目が覚めた。
耳を澄ますと、外から小鳥のさえずりが聞こえ、心が澄んだような気分になる。
僕はあくびをしながら床に足をつき、ベッドを降りて、掛布団を整えた。
カーテンを開けると、窓の外には綺麗な青空と雲が幻想的に輝いていた。
こういう日の朝は、なんだか心地良く、今日一日が上手く行くような気がする。
さて、と僕はその景色を後にし、ふらつきながら階段を降りて台所へ行く。
母さんは先に起きていて、朝ごはんを作っている最中だった。
「おはよ、慶介。ちょっと待っててね。もうすぐ朝ごはん作り終わるから」
朝だからか、母さんの声がいつもより優しく聞こえる。
「うん、おはよう。母さん」
僕はダイニングチェアに座り、包丁でトントントンと何かを切っている母さんの後ろ姿をボーッと見つめる。
テーブルには、みそ汁、野菜、煮物などのおかずが並んでいた。
あとは、母さんが今切ってる何かと、ご飯を並べるだけだ。
「ご飯は僕がやるよ」
僕は立ち上がって、母さんの右隣に行く。
「ありがとね」
「うん」
炊飯器の蓋を開け、お茶碗としゃもじを取って、ご飯を掬う。
ちらっと母さんの方を見ると、喉と左手首の傷が見えた。
なんでも、母さんが僕ぐらいの年に、父さんを助けた時についたらしい。
「父さんも、もう起きてくるかな」
「そうね、よそってあげて」
僕は三人分のご飯を、テーブルに運んだ。
テーブルにご飯を置いていると、二階から人が降りてくる音がした。
「おはよう。あ、慶介はちゃんと早起きしてるんだね」
「おはよう、父さん」
「おはよ!アナタ」
いっそう明るい母さんの声で、台所は一気にほのぼのとした雰囲気になる。
母さんがきゅうりや大根の漬物が乗ったお皿ををテーブルに置いて、父さんはお箸を配っている。
「いただきます」
三人の声が揃ったと思ったら、今度はカツカツとお箸が食器に当たる音がする。
あの日、コスモスと出会った日から二日、一度も呼び出していなかった。
今日はコスモスに会おうと思い、僕は早めににご飯を食べ終える。
使った食器を流しに持って行き、汚れを洗い落していると、後ろで母さんが言った。
「慶ちゃん、今日は私もお父さんも帰りが遅くなりそうだから、先にご飯食べてて。夕飯は冷蔵庫の中に置いておくから。」
「ごめんね、最近仕事が忙しくなっちゃって」と父さんも言う
「ううん、いいよ。・・・・僕もこれから友達のとこに行ってくる」
食器を洗い終えたら、次は着替えて、歯を磨く。
「行ってきます」
仕事に行く両親より先に家を出る。
朝なのにもう日差しが熱い。
人気がなく死角の多い公園に足早で向かった。
「確か使い方は……」
右手につけた腕時計を顔に近づけ、縁の部分を捻り、ボタンを押す。
「コスモス」と呼びかけた
「コスモスです。何か御用ですか、マスター」
あ、本当につながった。
「あ、えっと。その……目立たないようにコスモスに乗りたいんだ」
「分かりました。装甲車を送りますからそれに乗ってください」
「あ~装甲車か……ん?え?あれ?装甲車?」
「はい、もう送りますね」
装甲車という普段聞き慣れない単語に思考が停止していると、目の前の道路に、この前のトンネルが出現して、それらしき車が出て来たことで困惑した。
装甲車に近づき小さな窓を覗くと、運転席には誰も乗っていなかった。
傍から見たらただのホラーだよねこれ。
内心そう突っ込みつつも、中に乗りこんだ。
装甲車の中は硬そうな座席が四つ、真ん中には大きな台、天井にはハッチ、後ろにかなり大きな荷物が置けそうなスペース、ハンドルの周りには沢山のスイッチと計器があった。
ドアを閉めると、ハンドルとアクセルが勝手に動き、トンネルへ戻る。
トンネルの中は、やはり水色を基調とした世界が広がっていて、コスモスが停車していた。
あっという間にコスモスの横に着き、客車が縦に割れると、車はその中に入った。
多分ここは、格納車だ。
「ありがとう」
僕は車にお礼を言って降りると、戦闘指揮所へ向かう。
車内は、僕の暑い街と違ってとても丁度いい温度だ。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、コスモス」
指揮所に入ってすぐにどこからか声が聞こえ、僕らは挨拶を交わした。
「今日はコスモスの事まだ全然知らないから、車内を見ていこうかなって。」
「分かりました。どうぞゆっくりしていってください」
「うん、ありがとう」
「それと」とコスモスが続ける。「生産車にてアシスタントヒューマノイドが一体生成を完了しています」
「うん、じゃあ、見て回りながら確認するよ。ありがとう」
「どうぞ、ごゆっくり」
僕は指令室でコスモスに見送られ、列車の中の探検を始めた。
戦闘車両のすぐ後ろに繋がれている展望デッキのある一号車の内装は、普通のボックスシートと網棚があるシンプルなデザインで、見た目は昔の車両そのままだった。
それからしばらく歩いて、普通車、ラウンジカー、食堂車、お風呂搭載車、主人専用個室、客室、医務室と、本当に列車なのか疑いたくなるほど、コスモスの設備は、生活するのに十分なほど揃っていることが分かった。
そして最も驚いたのが、次の車両、ある程度なら何でも作れる生産車。
もしかしなくても、この列車はチートだ。
アシスタントヒューマノイドがどんなものなのか確かめるために、胸を弾ませながら僕は生産車に入る扉を開けた。
生産車の中は、右を見ても、左を見ても、動いていないメーターや機械だらけで、使用される前の小さな工場のようにも見えたけど、それよりも目を引くものがこの車両の中央にあった。
それは、縦に長い円柱形の水槽の中に、一糸まとわぬ少女が、膝を抱える姿勢で眠っているというものだった。
「って、この子女の子じゃん!」
「はい、マスターにピッタリかと思いまして」
コスモスの言い方から、悪意じゃなく純粋にそう判断した、っていうのは何となく伝わった。
「まぁ、いいっか。えっと、この水槽みたいなのどうすればいいいの?」
「触れてみて下さい」
言われた通り僕はゆっくりと水槽に近づき、そっと手で触れてみた。
すると水槽は一瞬光り、中の水が抜けだした。
「な、なに!?」
僕は驚いて何歩か後ずさった。
そして、それまでガラスが上下に分裂して開くと、同時に少女はその場に倒れた。
「あの、大丈夫?」と恐る恐る声をかけてみた。
少女は目を覚ました。
「あ……」
綺麗。彼女と目があった時、そう思った。
輝くほど白い肌、緑色の瞳で白い髪には水が滴っている。
顔が整っていて、まるで人形のようだった。
ただ、僕は彼女から視線をそらした。
その、裸の女の子をじっと見つめられているほど、僕は慣れていない。
なるべく裸を見ないようにしながらそっと近づくと、彼女はぼーっとした表情で、弱々しい声を発した。
「うぅ……あ…?」
「や、やあ。えっと…こんにちは」
とりあえず初対面でかかせない挨拶をしてみた。
けれど、少女は何も答えなかった。
「えっと…?」
「うぇあ?」
「この子、言葉が話せないの?」
「はい、まだ言語についての情報を取得していませんので、教えるしかありません。ただ飲み込みが早いため、すぐに会話できるようになりますよ。私もお手伝いします、マスター」
「そっか、ありがとう、コスモス」
とはいえ、まず何をすればいいのか分からない僕は、何をするわけでもなくただ固まっていると、少女はヨロヨロと立ち上がり、歩こうと片足を前に出した。
次の瞬間、彼女はバランスを崩してしまい、僕はとっさに肩を掴んでゆっくりと床に座らせた。
「マスター、衣服も完成しております」
あ、そっか。作ってもらってたんだっけ。
「水槽の奥のボックスに入っています」
「分かった、ありがとう。えっと、ちょっと待ってて」
「う~… 」
僕は水槽の奥へ行き、大きな箱が置いてあったので、中に手を入れてみた。
箱の中にはまだシワひとつ無い新品でサラサラした紺色の服と同じく紺色のスカート、白いワイシャツ、靴下、それに黒いリボンが畳まれて入っていた。
「他に何か……ん?これは?」
箱の底から新品の白い布、下着を出してしまい、慌てて腕に抱えていた服と一緒に箱に戻した。
下着を目の当たりにした動揺から視線を泳がすと、服の入っている箱とは別に半分くらいの大きさの白箱がそばに置いてあるとに気づいた。
開けてみるとその中身は茶色い革靴だった。
これで、一式揃ったわけだ。
これらをあの子に着せるために、僕は箱を抱えて、少女のもとへ運んだ。
「これは、もしかして……」
「お手を煩わせて申し訳ありません、マスター。その子に服を着させてあげてください」
………ですよね。
「ごめんね、ちょっと立ってて」
僕は無心で、その子に服を着させた。
数分、少し手間取ったけど、なんとか服を着させることが出来た。
服装を、改めて見てみる。
紺色の生地に銀のボタンが付いている制服、その下のワイシャツの襟には、黒く細いリボンが蝶々結びで結ばれていて、下半身は膝までかかるスカートを履いていている。
何かに見える……これは……
「車掌さんだ」
うん、どうみても車掌さん、のコスプレ。
「うぁ〜〜♪ん〜〜♪」
本人は気にいってるみたいだし、まいっか。
「似合ってるね、えっと…」
ここで大事な事を思い出した。
「コスモス、ちょっといい?」
「はい、マスター」
「この子に名前って……」
「ありません。マスター自身がつけられてはいかがでしょう?」
「えぇ…」
女の子に名前を付けたことがない僕には、難題だった。
かといって、少女や女の子と呼ぶのも変だ。
どうしようかな。
「星から名前をとる、というのはいかがですか」
コスモスが、助け船を出してくれた。
「あ!いいねそれ」
頭の中に、理科の教科書に載ってる星が思い浮かんだ。
「イオ…なんてどうかな。かわいい名前じゃないかな」
たしかギリシャ神話に因んだ名前だったはずだ。
「いいと思いますよ」
「よし、今日から君の名前は、イオだよ。」
「うお……?」
「イオだよ」
「いー…おー?」
「そうだよ、イオ」
何となく分かってくれた、のかな。
「いーおー!」
そう叫ぶながら、イオは箱の中から何かを取り出した。
「あ、まだ残ってった?薄暗くて見えなかった」
イオは帽子を取り出していた。
「あぁ、なるほど」
僕は、その帽子を手渡してもらい、イオの頭に被せてみた。
「とっても似合ってるよ、イオ」と言うと、イオはニコッと笑って返してくれた。