チョコを食べ終った僕らは空調設備の整った車内で、フカフカな、座れば腰が沈み込むようなソファーでのんびりとくつろいでいた。
不意に「ふあぁぁ」とあくびが出てしまった。
やっぱり、このソファーは眠気を誘う気がする。
まずい……段々と瞼が重くなってきた。
このまま眠ったら…。
「ご主人様?」
その声でハッとし、横を向くと、イオが顔を覗かせていた。
「ああ、ごめんね。ちょっと眠くなっちゃってた」
「そうでしたか…申し訳ありません。起こしてしまって」
「ううん、いいよ。イオが退屈しちゃうし」
体を伸ばして、深呼吸をすると、バッグの中に二人で遊ぶためのトランプを入れて来たのを思い出す。
「そうだ、イオってトランプって知ってる?」
「トランプって何ですか?」イオは首を傾げた。
すぐにトランプをバッグから取り出し、イオに見せた。
「これがトランプね。これでゲームするの」
「ゲームって勝ち負けを争う遊びのことですか?本で出て来た気がします」
「うん、トランプは色々なルールで遊べるんだよ」
「万能なんですね」
どうやら、興味を持ってくれたみたいだ。
箱を開けてカードを出して、見やすいようにある程度バラバラにして渡す。
「不思議な絵が描かれていますね」
「それぞれ意味があるんだよ」
僕はハートのAからジョーカーまでの読み方や意味を教えた。
次に、僕の中で一番簡単なババ抜きのルールを教えようと、二六枚のカードをイオに持たせ、僕は二七枚のカードを掴む。
「僕のカードから一枚引いて、同じ数字のカードがあったら、真ん中に出して。そうそう」
ふむふむ、とイオは教えたこと一つ一つに相槌をうっている。
ある程度理解したところで、練習として、僕とイオでババ抜きをしてみる。
僕はカードを一か所にまとめ、不器用にシャッフルし、互いの前に交互に配る。
配り終え、今度は同じ数字のカードがあるか確認すると、ジョーカーは無かった。
チラッとイオの方をみると、イオは明らかに動揺していて、手が震えている。
お互いに、出来るだけカードを真ん中に出し終えた後、僕が先に手持ちのカードを差し出した。
「さ、引いて」
「は、はい」
イオはそれを引き、残念そうな顔をした。
続いて僕もイオのカードを引く。
あ、同じ数字があった。
すかさず、真ん中にカードを置く。
こうしてみると、久しぶりにババ抜きをした気がする。
それはそうか、誰かとババ抜きをしたのは、小学校の修学旅行が最後なのだから。
「ぬぅ…ご主人様、強いですね」とイオは、むすっとした表情で言う。
現在六回戦目で僕が一枚でイオが二枚で、僕が引く番だ。
イオのカード運が悪いのか、僕の引きがいいのか、五回戦とも僕が勝った。
いや、どっちかというと……イオが表情に出やすいんだ。
僕がジョーカーを引こうとすると、笑顔になり、反対側を引こうとすると、嫌そうな顔になる。
だから、最後の最後で僕が勝つ。
「ま、また…負けました・・・」
イオはがっくし、と頭を下げ、手に持ったジョーカーを頭に押しつけた。
少し、気分転換をした方が良いかもしれない。
僕は天井を向いて、コスモスに話しかける。
「コスモス、宇宙へ出ることって出来る?」
「はい、可能です」
「宇宙で展望デッキに出ることは?」
「もちろん、可能ですよ」
「じゃあ、宇宙へ出て」
「かしこまりました」
イオは顔を上げ、きょとんとした表情で僕を見ている。
ブオォォォォォォォォォォォォォォォという汽笛が鳴り響き、カタンと動き出したのが分かった。
僕は立ち上がって、イオの方へ行き、手を握る。
「ねぇ、イオ。ずっと座ってて疲れたからさ、展望デッキ行こうか」
「え?あ、はい。分かりました」
イオはすぐに立ち上がり、僕の後ろについて行くように歩き始める。
窓から外を見ると、トンネルの出口が列車の前に出現していて、もうすぐ宇宙空間に出ることが分かった。
展望デッキに出ると同時に、列車の照明が消えた。
「あ…すごい…」
イオが言葉を漏らし、緑色の瞳が輝いて見えた。
僕も、展望デッキから外を見渡す。
幾千、幾万の輝く星々が、そこにはあった。
その光景に一気に吸い込まれるよな感覚を覚え、目じりが熱くなる。
僕は手すりを握りながら、イオのそばに寄る。
「僕は、こうやって星を見てみてみたかったんだ。いつもは、山とか行って、そこから見上げるんだ。星を見るのが好きで。イオは、どう?」
「私は……私は、星を見たのは初めてです」
そう応えると、イオは自分の胸に手を当てた。
「初めて星を見て、今まで感じたことのない感覚がこみあげてきて、体中が痺れるような気がするんです。でも、全然いやじゃなくて、それどころか、心地いいんです。とても不思議な感覚です」
「きっと、それは感動してるんだと思うよ」
「感……動?」
「そう、感動」
「感動……これが、感動」
まさしく、僕らは初めて見る宇宙に興奮が抑えられなかった。
二人で話していると、突然、ぐらっと軽く列車の外側に力が働くのを感じた。
どうやらコスモスが自分で判断して、僕らが星を見やすいように、大きめにカーブしてくれているらしい。
機関車を見ると主連棒が遅く動いているようだった。
僕らはこの懐かしささえ覚えるような、限界なんて感じさせないほど広い宇宙を、しばらく無言で眺めていた。
蒸気機関車の水蒸気が噴き出すような音だけがして、時間が過ぎていく。
僕は視線をイオにそっと移した。
イオはまだ星々を見ている。
この子は普通の女の子だと、僕は思っている。
コスモスが造り出した、アシスタント・ヒューマノイドだとしても、普通の人と同じようにゲームを楽しんで、こんな風に星に感動することができるんだ。
まだ、里久や凛音にはコスモスのことを打ち明けていなかいし、イオに会わせたことはない。
イオをあの二人に会わせれば、もしかしたらもっと色んな事に興味を持つかもしれない。
もっと人間らしくなるかもしれない。
ここで僕は少し不安になった。
コスモスとイオは、どう考えてもオーバーテクノロジーの塊だ。
もし興味ある人間がそれを見つければ、何をされるか分からない。
戦争用の兵器として使われるか、危険な兵器として解体されるか、何かの実験に使われるか。
そう考えたら、急に胸が苦しくなるのを感じた。
イオとコスモスは僕が守らなきゃいけない、そう思った。
ただ、里久と凛音にだけはイオに会わせよう。
あの二人なら、信じられるから。
「こうして見ると、宇宙って壮大で、綺麗で、それでいて寂しさを感じますね」
ふと、イオが落ち着いたトーンで言った。
それに対して、僕は黙って頷えて返す。
そして、また時間が過ぎる。
「……そろそろ、車内に戻ろうか」
「そうですね。トランプの続きもやりたいですし」
「あ、はい」
僕たちが車内に戻ると、コスモスは軌道を直進に戻し、汽笛を鳴らしながらこの星の海を疾(はし)り続けた。