二学期が始まってから一週間、僕たちは体育祭に向けて、泥だらけになりながらも練習に打ち込んでいた。
夏の暑さが残る中での練習で気力は削がれ、授業中は疲労で眠く、さらには部活の練習も加わって体中が痛い。
でも、その成果があってか、最初はまとまりが無かった皆も、今ではどのクラスも団結して、どこが優勝するか分からない。
今は自由練習時間で、僕たちの学年は本番に向けて練習していて、凛音も他のクラスの子と50m走の練習をしている。
彼女は演劇部だけど、運動神経自体はよく、何で運動部入らなかったのか不思議なくらい足が速い。
「やっぱりさ、止まる時の動きを確認しとかね?」
不意に、隣で僕と肩を組んでる里久が提案する。
僕は今、里久と二人三脚の練習をしているのだ。
始業式の日からそれなりに練習したおかげか、僕と里久は息ぴったりで、練習上では学年で一番速く走れるようになった。
出来るようになるほど面白く感じる、それが僕らをもっと速くしてくれる。
でも、一つだけ問題が残っている。
それは、走ってから止まる時のタイミングが合わず、いつも転びそうになることだ。
いくら足が速くて他の人たちを抜かしても、差を開いても、止まれないと意味がない。
そこで、今度は僕が提案する。
「じゃあ……合図したら結んでる足を出して、四歩くらいで止まろう」
「あーそれでやるか」
肩を組みなおして、早速試す。
まず「せーの!一、二、一、二」で息を合わせ走り始める。
そこから加速し、他の二人三脚の練習をしてる人を抜きながら校庭を半周する。
息が切れてくる頃、バトンゾーンに入った。
「せーの!!」
里久の合図で、声を揃える。
「一、二、三、四!」
足を揃えて、倒れることもなく止まることが出来た。
「よっしゃ!」
もう一回やるぞ、と二人で体の向きを変えた時だった。
「きゃあああああ!」
近くに立っていた女子が、耳を突き刺すような悲鳴を上げた。
「なんだ?」
耳を気にしながら振り向くと、信じられない光景が目に入った。
大空に浮かぶ雲から、灰色の巨大な円盤と、それを囲むように銀色の車体に紫色のラインが入り先頭が鋭く尖った列車たちが空中を走っている、それらがあちこちに出現している。
どう考えても未確認飛行物体(UFO)だけど、テレビやSF映画で見るようなそれではない。
だって、その大きさに恐怖で身体は震え、足が一歩も動かないのだから。
里久は後ろに下がろうとするが、片足が結ばれていたために、僕らはバランスを崩して、思いっきりしりもちをついてしまった。
「二人共!!逃げよ!あれ、何か・・・ヤバい気がするよ!」
凛音が、青ざめた顔でこっちに駆け寄り、その後をついて来きたたクラスの女子が目に入った。
「そ、そうだな。逃げた方が…」
すぐに逃げるために里久は、震える手で結んでいたゴムをほどいた。
解き終えて周りの状況を再確認すると、あのUFOの集団を見たまま呆然と立ちつくす者、興味津々に近づこうとする者、恐怖で発狂する者、皆それぞれ異なる反応をしている。
先生も状況を理解できていないようで、UFOを見つめたまま凍り付いていた。
「見ろよ、電車が空飛んでるぜ!」
「え何で飛んでんの!?」
「何かの撮影じゃね?」
「んなわけあるか、無理だろ現実的に考えて」
「えじゃマジのUFO?」
周りの男子はどこか楽し気に、あるいは物珍し気に笑いながら言い、女子は数人単位でまとまり出した。
このままここにいちゃ駄目だ!
早く遠くに行かないと、みんな死ぬ!
なぜか分からないけど、そんな気かする。
「皆落ち着いて!避難・・・避難して!校舎へ!校舎へ早く!」
小柄な女性の先生が、皆を避難させようと声を上げ、他の先生も誘導しようと小走りで広がる。
僕らは、先生の指示通り避難しようとした。
ビュウゥゥゥゥゥゥゥン
その時、「ああっ!」という誰かの声と重なるように、聞いたことのない音がした。
円盤が白い光の線を地上に放つと遠くから爆発音がし、大きな揺れと衝撃波に襲われ、全身に砂の粒が当たりかなり痛い。
今ので、校舎や学校周りの家の窓が割れているようだった。
「衝撃波だ…」
里久が呟く。
校庭中に皆の悲鳴が響き、校庭は一気に恐怖に包まれた。
この感じ、前にもどこかで感じた気がする。
円盤の周りの列車たちも無数の白い光を街中に放つと、地面に着弾したのか、グラッと揺れた。
周りの生徒や先生は駆け足で逃げ始め、僕は逃げ惑う人達に押され、里久や凛音とはぐれてしまった。
とにかく二人を探して逃げようとしたが、足の力が抜け上手く走れなかった。
「ヤバい!このままじゃ……!」
その時、列車から放たれた白い光が、ぼく目掛けて向かってきた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
僕が思わず叫ぶと同時に空中に黒い物体が現れ、その光の向きを変えた。
その黒い物体を、僕は見たことがある。
「コスモス……!」
コスモスは、しばらく空中をジグザグに走ってから着地し、砂埃の舞う中、僕の目の前で停まった。
その間も、円盤や列車たちは無差別に無慈悲に街に対して破壊の限りを尽くしている。
コスモスの近くにも何発か着弾しておて、地面が抉られている。
僕が客車の乗降口の下へ行くとドアがが開き、イオが思いっきり手を伸ばした。
「ご主人様!!ここは危険です!早く乗ってください!」
「何が起きてるの!?」
爆音の中、イオの声がかすかに聞こえる。
「早く乗ってください、危険です!」
「うわっ!」
大きく地面が揺れ、体勢を崩しそうになる。
後ろを振り返ると、砂埃の壁と逃げる皆の影が見えた。
白い光が校舎に直撃し、破片が僕が立つ位置に迫った。
もうダメだ。破片がスローモーションのように感じられた。
ここで死んじゃうの?そんな思考が体を支配する。
どう考えても避けられない。
死の宣告を突きつけられたように、僕ははっと息を呑んだ。
「ご主人様!!」
その一瞬で、イオは僕を抱えコスモスのデッキへ連れ込んだ。
同時にドアが閉まり、僕が立っていたところには大きな破片が降り注いだ。
車内が大きく揺れ、コスモスが急発進したのが分かった。
ドアの窓に手を押し付けるようにして覗くと、破壊されて大きな炎をあげている学校と、混乱に観れた人々の姿が見えた。
「コスモス、引き返して!まだ友達がいるんだ!!お願い!!!」
「申し訳ありません。今の私には、マスターの安全を優先することしかできません」
コスモスは淡々と応える。
「きゃっ!」
イオが、小さく悲鳴を上げる。
車内では爆発音が聞こえ、小刻みに、時には大きく揺れている。
何発か、攻撃が当たってるんだ。
「三号車、五号車に被弾。損傷率五パーセント、極めて軽微です。主機関出力バリアー展開」
コスモスがそう言った直後、音も揺れもなくなり、見えない何かがコスモスにまとわりついているかのように、光がコスモスに当たる前に空中で爆発している。
そのことで、僕は何か大事なことを忘れている気がした。
思い出しそうなのに、霧に隠れているようにはっきりとしない。
とにかく、イオを連れて、戦闘指揮所に向かって走る。
戦闘指揮所…?
「コスモス、確か戦略次元走行列車って言ってたよね?!何か武器があるんじゃ…?」
戦闘車両が連結されているのを思い出した。
「ただ今初期設定を開始しています」
「今すぐ使える武器とか用意!急いで!」
「はい、マスター。即応可能な武装を検索」
戦闘指揮所に駆け込むと、燃える街と全てを破壊しようとあっちこっちに光を放つ敵列車たちが、部屋中のモニターに映し出されていた。
その光景はあまりにも残酷で、吐き気がした。
奴らはこのコスモスに向かって来ていて、あっという間に取り囲まれた。
かん逃げ道を塞がれたのだ。
「そんな……」
僕らも、もう駄目なのか……。
そんな時、ピロン♪という音が鳴る。
「初期設定及び即応可能な武装の検索が完了しました。攻撃命令を求めます」
「攻撃命令……分かった。攻撃して、コスモス!なんでもいいから!」
「それではホーミングアローと命じて下さい。マスター」
「ホーミングアロー」
言われるがままに、コスモスに命じる。
「ロック・オン」とコスモスが反応し、ヒユゥゥゥと機械音が部屋中に響く。
「撃て!」
僕が叫ぶと、コスモスの車体の側面から十数本の赤い光が飛び出し、まるで肉食動物が獲物を狙うように列車たちに向かう。
どの列車回避しようと散開したが、赤い光もそれを追いかけるように曲がった。
上へ下へ、左へ右へ、どこへ逃げようとも、赤い光は途切れることもなく、ひたすら後を追い、ついに命中した。
赤い光が当たった列車たちは爆散し、その破片が地上へ落ちてゆく。
「コスモス!次!」
「はい、マスター」
今度は街を攻撃してる列車に、照準を合わせる。
「撃てー!」
赤い光はまた飛び出し、少し遠目の目標に向けて稲妻のように駆け抜けていく。
「敵戦闘列車撃破しました」
いける!これなら学校の皆を、街を救える。
希望が見えてきた。
そう思っていた。
でも、そんな考えはすぐに否定された。
街はすでに、誰か生きているなんて可能性を感じさせない程、文字通り火の海になっていた。
「警告、広範囲にわたり超高エネルギー反応を感知。マスターの安全確保のため、宇宙空間まで離脱します」
突然、コスモスが加速しだした。
思考が追い付かず、しばらく固まってしまった。
気づけばもう大気圏を突破して、宇宙に出ていた。
「待って!まだ皆…が……」
中央のモニターを見て、言葉を失う。
燃えているのは街だけじゃない。
日本、いや世界中が、UFOに破壊され、燃やされていた。
「ご主人様の、世界が…!」
イオは、真っ青な顔をして、手で口を押さえている。
世界各地にいるUFOの集団が、一斉に地球に何か光を放った。
ピーピーという警報音がなると、モニターが白く光り、あまりの眩しさに目を瞑った。
目を瞑る瞬間、ちょっとだけ地球が消えていくのが見えた。
少し遅れて、衝撃波か何かでコスモスが大きく揺れ、僕はイオの肩を右腕で抱き寄せ、左手で近くのシートに掴まり、頭を伏せて辛抱強く揺れが収まるのを待った。
揺れが収まり、何があったのか確認しようと、ゆっくりと頭を上げ、モニターを確認した。
「………え?」
「敵勢力の撤退を確認」と、コスモスは呟くように言った。
モニターには、あるはずの地球の影がなく、代わりに大きな岩の群れが飛んでくる光景と、空間にトンネルを創ってどこかへ消え去るUFOの集団だけが映っていた。