目を見開いたまま、僕は動けなかった。
「こ、コスモス……。僕の、いた街……は?」
声を絞り出すように、胸の奥から押し出すようにして訊く。
「生命反応なし。熱源反応なし。その他の反応、確認できません。転移の可能性ゼロパーセント。太陽系第三惑星『地球』消失。現在、このエリアは重力が乱れているため、非常に危険です。安全確保のため、急速で離脱します」
コスモスは淡々と答え、また走り出している様だった。
「は……え…何言ってるの、コスモス?」
理解しようとしても、理解できない。
コスモスは一瞬、考えるように黙る。
「地球は………マスターの世界は、敵未確認機によって破壊されました」
やっぱり、意味が分からない。
僕が住んでいた世界が、地球が、破壊された?
そんなの…そんなの…
「嘘…だ。嘘だよね。コスモス……そんなはずないよね……?」
僕はコスモスが冗談をいているのだと思った。
彼女は何も答えなかった。
「皆は…僕の友達は!?どうなったの?!」
「生存している可能性はありません…」
「ど、どこかに生きててたり」
「この状況では、人間を含めて生物は生きることが出来ません」
「そ、そんな……。おかしいよ。こんな……こんな急に、全部なくなるなんて……」
そう言いかけて、僕は全身の力が抜けるように膝から崩れ落ちた。
信じたくない……僕は……信じたくない。
どうか夢であって欲しいと、キツく目を瞑る。
それなのに、瞼の裏に映し出されたのは、冷静さを失い逃げ惑う学校の皆と、燃える街の光景だった。
地球は破壊され、皆は死んだ。
里久、凛音、クラスの皆、そして父さんと母さんも。
色んな人の顔が、思い浮かび、消えてゆく。
皆、死んだ。
「なん……で…どうして!何で!こんな…こんなのって…!!!!」
瞼が熱くなりはじめ、やがて何かが頬を伝った。
僕は今、泣いてる……?
次々と流れる涙を止めようとしても、止められるはずもなく
むしろどんどん苦しくなっていく。
皆が死んだ悲しみと、皆を殺した未確認機(あいつら)に対する怒りが、じわじわと僕を蝕んだ。
色々な気持ちが込み上げてきたけど、それは言葉にできず、静かな指揮所の中でただひたすらに慟哭した。
「ご主人様…?」
イオの足音がした。
「来ないでよ!」
思わず怒鳴ってしまった。
ハッと我に戻り、顔を上げ、振り向くと、困惑した表情でイオが立っていた。
八つ当たりをしてしまった罪悪感から、僕はすぐに顔を下げてしまった。
今は誰にも見られたくもない。
誰かと話すことさえ、辛いと感じた。余裕がないのだ。
僕はゆっくりと立ち上がると足の力が抜けそうなまま、壁つたいに歩いて、逃げるように指揮所をあとにする。
戦闘車両を越え、暗い客車に移ると、前に座った時には座り心地が良かった座席の上でうずくまった。
門をたたき破られるように、悲しみや怒り、寂しさ、もう家族や友達と過ごしたあの日々を送れないという絶望が押し寄せてくる。
心を押しつぶされるような感覚に、僕はただひたすら、ひたすら泣くことしか出来なかった。
「ご主人様…?」
「イオ、待ってください」
ご主人様の後をついて行こうと歩き出した私を、コスモスが引き留めた。
「どうして?」
「今は…御一人にした方がいいです」
「それは、心?」
「いえ……ただ、そう判断しただけです」
「…分かった」
私は人ではないから、人の心を完全に理解することは出来ない。
コスモスには、理解できているのかな。
私は……嬉しいという感情だけを最近やっと理解したばかりで、それ以外は分からない。
でも、ご主人様のいた世界が壊された時の、あの胸に突き刺さるような感覚。
あれは、一体なんだったんだろう。
そう考えながら、ご主人様の代わりに指示を出す。
「コスモス、自己修復をして」
「了解。第一装甲板に軽微の損傷を確認。自己修復開始。……3%修理完了」
「ねぇ、コスモス。どうしたら、ご主人様に喜んでもらえるのかな……」
「……分かりません。ただ、出来ることはしたいですね。一緒に、考えてみましょう」
「うん……」
私達は道具、持ち主の喜びのために存在している。
今は人の心を理解できないけれど、いつか理解できるようになれば、ご主人様は喜んでくれるのかな。
だいぶ落ち着いた。
あれから何十分、何時間経ったか分からない。
車外の暗闇が、窓を鏡に変え、僕の顔を映した。
涙の跡が残る、弱々しい顔をしていた。
ただ、さっきまでの悲しみや怒りが、すっと心の奥底まで退いていくような気がした。
これから、どうしよう………。
復讐?いや、そんなことしたって、もう母さんも、父さんも、里久も、凛音も戻っては来ない。
僕も、みんなの後を追う?ダメだ。
そんなことをすれば、イオやコスモスを残してしてしまう。
二人は、僕を………助けてくれた。
それを無駄にすることは、僕には出来ない。
「イオ……謝らなきゃ……」
パンッと自分の頬を軽く叩いて立ち上がり、さっき怒鳴っちゃったことを謝ろうとイオの所へ向かった。
車両を移るたびに僕の歩く速度は落ちていき、戦闘指揮所の前、あと一歩というところで立ち止まってしまった。
ほんの少しだけ、二人に会うのが怖いのだ。
いやでも、やっちゃったことには、しっかり謝らないと。
僕は目を瞑って、中へ入る。
「落ち着かれましたか、マスター」
部屋に入って最初に声をかけてくれたのは、コスモスだった。
「うん……ちょっとだけ、落ち着いた」
「ご主人様!」とイオが僕の前に来た。
本人を目の前にしていざ言おうとすると、なんとなく気まずくて、つい目を逸らしてしまう。
でも、謝らないといけない、と拳を握りしめて、覚悟を決める。
「イオ、さっきはごめんね。怒鳴ったりして」
頭を深く下げて謝ると、イオは「ご主人様……。私は、大丈夫ですから」と言いった。
「それでも、ごめん」
顔を上げるとイオは「私は何があっても、ご主人様に付き従うだけです」と、優しく微笑んだ。
あんなことがあっても、僕にいつも通り笑顔で対応してくれる。
この笑顔に、いくらか救われた気がした。
だからなのか、お腹がグゥ~と音を立てて、慌ててお腹を押さえる。
「お食事のご用意をしますね。食堂車でいいですか?」
「あ、うん。……不思議だよね。こんな時でも、お腹は空くんだ」
イオは、僕の返答で一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り、僕の手を引いた。
「行きましょう、ご主人様」
二人で食堂車へ向かう。
食堂車は白いテーブルクロスの敷かれたテーブルと赤い上品な座席、それなりの広さの厨房があり、僕は適当な席に座る。
「何を食べたいですか?」
イオが白いエプロンをつけながら訊いた。
「ああと、じゃあ。カレー……」
「カレーですね。かしこまりました。ちょっと待ってくださいね」
「何か手伝うことある?」
立ち上がろうとすると、イオは制止するように両手を出した。
「いえ、ご主人様はゆっくりしていてください」
お辞儀をして厨房へ行くイオの背中を、僕は黙って見送った。
そして水が流れる音が聞こえ、厨房からは包丁がまな板に当たる音が聞こえた。
四十分ぐらいお腹が空いた状態で待ち、僕はすっかりへばっていた。
「お待たせしました!」
イオが自信たっぷりに、大きめのお皿を二枚をテーブルに置く。
大きなお皿の中には、白いご飯んの山に具材たっぷりのカレーがかかっている。
それをイオはテーブルに並べる。
「あ、スプーンを忘れていました」
「取って来るよ」
僕はすぐに立ち上がって、厨房まで取りに行った。
「ありがとうございます、ご主人様」
食事の準備が出来たので、手を合わせる。
「いただきます」
スプーンを手に取り、ご飯とカレーを掬い口へ運んだ。
それは家で食べたことのあるような、暖かくて、カレーのスパイシーな香りと濃い味が口いっぱいに広がった。
僕には、今まで食べた中で一番おいしく感じた。
食べることに夢中になり、次々と頬張り、精一杯噛みしめる。
そのうちに涙が流れた。
そのまま、特に会話もせず、あっという間に食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
再び手を合わせる。
「お下げしますね」と、イオが食器を持つ。
「僕が片づけるよ」
「ご主人様はゆっくり…」
「いいから。僕がやりたいんだ」
何でもかんでもイオにやってもらうのは、申し訳ない気がする。
結局、イオと手分けして片づけた。
厨房の流しに二人で並び、イオがお皿を洗い僕が拭く。
元々洗い物は少なかったから、すぐに片付いた。
「手伝ってくれてありがとう」
「いえ!私こそありがとうございました!それで、その…お話があるのですが。指揮所へ来てください」
ニコッと笑ったかと思ったら、今度は不安そうな顔をして、イオが言う。
何の話か分からない僕は、手に力を入れながら、戦闘指揮所へ向かった。
「マスター。私達から提案があります」
戦闘指揮所に入り席に座ると、コスモスが話を切り出した。
「提案?」
「はい。ご主人様の世界を、救うための提案です」
隣にいたイオも話し出した。
「どういう事?」
僕の世界を、救う?
「私は次元走行列車。異世界から異世界へ行けるだけでなく、時間も走ることが出来ます」
「地球が破壊される前の時間へ行き、敵を止めれば皆助かるはずです」
「私は戦闘のための武装はありますが、私もマスターも、もちろんイオも経験がありません。敵の情報も不足しています。そのため、戦術は無く、作戦すらまともに立てられません」
「だからこそ今は他の世界へ行き、敵の情報を集めるべきだと考えます。相手は、異世界への高度な渡航技術を有していることから、どこかの世界で情報を手に入れられるかもしれません」
「戦闘は被害を考えて、地球ではなく敵本拠地か、十分な空間で行うべきと判断します」
コスモスとイオが交互に言う。
本当だったら、相手との数の問題とかに気づかなきゃいけなかったけど、この時の僕は、地球を助けられるという希望に満ちていて、全く気付かなかった。
「この提案を…二人が?」
イオは、中央のモニターに目をやり、頷く。
コスモスとイオが、僕の世界を救うために、考えてくれた案。
嬉しいという気持ちが湧き、一瞬で目頭が熱くなっていくのを感じた僕は、涙をこらえて「ありがとう」と二人に言った。
僕らは今から、沢山の世界を渡る旅に出て、そこで経験を積み、必ず地球を救う。
危険や、下手したら死んでしまうかもしれない。
コスモスは、敵と戦うし、イオだって危険な目に合わせてしまうかもしれない。
僕の身体は、多分、いや絶対にイオよりずっと脆い。
花火の日、それを実感した。
でも、出来ることは多分ある。
だから僕は色んなことを学んで強くなって、二人を守らないといけないんだ。
いや…絶対守って、皆で生きて帰える。
友達と笑いあい、家族で過ごし、イオやコスモスと遊んだ、ちょっとだけ奇妙だったあの日常を、取り戻すんだ。
「ありがとう。……行こう、二人共!」
「「はい、マスター(ご主人様)!!」」
二人の声が揃うと、ブオォォォォォォォと汽笛が鳴り、コスモスはトンネルを作って、超空間に入った。
目を閉じて、僕の街や壊された地球のことを思い浮かべてみる。
僕は、逃げるわけじゃないし自分のいた世界を捨てるわけでもない。
必ず帰って来るんだ。
この日、僕たちの旅が始まった。