指揮所の中央のモニターにはコスモスの装備について、多く表示されていて、どれもどんな機能を持っているか分からない。
僕はこれから具体的にどうするか決めるため、コスモスに装備の一覧表や性能表を出してもらったのだ。
「凄い数の装備ですね…」
イオが、呆れたように言う。
僕も、この装備の多さに驚いている。
火砲だけでも百門近くあり、どの武器も威力は使ってみるまで分からない。
ただ、さっき唯一使ったホーミング・アローは、多分自動で目標を追尾するタイプの武器だと思う。
そして、街を破壊していた他の列車を一発で撃破する威力があることも分かっている。
装甲は特殊物質超複合装甲と、圧縮空間複合装甲というもので、防御力や耐久性はどれだけあるか分からないけど、少なくとも街を破壊するような攻撃に耐えたのは確かだ。
装甲以外の防御として、バリアーやシールドも装備されているらしい。
センサー類やレーダー類、システム類も充実していて、さらには『バリアー突破補助装置』なんてものがあり、これは文字通り相手のバリアーを突破するという事なのだろうか。
いくら戦闘列車だからって高性能すぎじゃないかなと思う。
しかも、自己修復能力と、列車内である程度の物資を生産できる機能を持っていて、ほぼ無補給で行きたい所へ行ける性能だ。
どう考えても絶対に兵器としての生産性は皆無だけど、その分かなり万能に造られているんだ。
一編成だけで、何でもできるくらい。
ただ、それでも、列車が持つ戦力があの大型艦クラスに対抗できるのだろうか……。
「そういえば…」
敵の列車は、同じ見た目の列車が複数いた。
もしかして、量産型?
「コスモス、敵の列車の情報だけでもない?」
「申し訳ありません、データが見つかりませんでした」
コスモスには重要な情報があらかじめインプットされている代わりに、他の列車の情報だけは皆無だ。
「そっか…敵のあの大きな船は、母船か何か?」
「いえ、あれはおそらく、星を破壊することを目的とする次元航行型の艦船だと思われます」
という事は、周りの列車は、護衛用か何かで配備されていた……?
でも、何で地球を狙ったんだろう。
他に何か情報がないか、他のモニターを見渡して探すと、斜め前にいるイオが何か言いたそうに、チラチラと何度も僕に視線を送っているのに気が付いた。
「どうしたの、イオ?」
「あの、少し失礼させてもらってもいいですか?お風呂に入りたくて…」と客車側の扉の方を指さして言う。
この列車、お風呂も付いてるんだっけ。
「あ…あぁ、いいよ。行って来て」
イオが上がったら、僕も入ろうかな。
体育祭の練習中に逃げたから、ずっと泥や砂だらけの体操着のままだ。
「ご主人様は、どうします?お背中流しましょうか?地球にはそういう文化もあると本で読んだのですが」
いきなりそんなことを言い出すイオに、心臓が飛び出しそうになる。
一瞬、本当に一瞬、色々ダメなことを想像してしまった……。
「僕はいいよ!後で入るから!先入ってきて!」と、自分でも明らかに動揺しているのが分かるような返事をした。
「それじゃあ、お先に失礼しますね」
「うん……行ってらっしゃい」
イオぼ後ろ姿を見送り、僕はモニターに視線を戻す。
「はぁ~ビックリした…」
深く息を吐き、シートを座り直す。
「あ、コスモス、お願いがあるんだ」
「はい、なんなりと」
「僕の服を作って。この格好じゃ不便だから……」
体操着の汚れた部分を指で摘まみながら言う。
「分かりました、すぐに作りますので少しお待ちください」
丁寧な口調で、コスモスは応えてくれた。
やっぱり万能だ、と思うと同時に、これだけ万能なら意外ととんでもない弱点があるのでは?と考えるようになった。
「コスモスって、万能だよね」
「ですが、私は乗り物であり、兵器です。持ち主がいなければ、意味がありません」
万能なのは否定しないんだ。
「不思議だよね。僕みたいな普通の人間が、それも中学生が、コスモスのマスターっていうのになるなんて」
「何かの縁ですよ、マスター」
思わず、僕の頬はゆるんだ。
「ふぁ~」
モニターにびっしりと文字が表示されていて、いい加減目が疲れ、あくびが出てきた。
座りながら、背伸びをする。
あんなことがあって、泣いたことや、その後の安心したこともありかなり眠くなってきてしまった。
服が完成したら、お風呂に入って寝よう。
そう決め、眠らないように頑張って体を動かしてみるけど、あまり効果が無い。
それどころか、トイレに行きたくなってきた。
若干眠気と疲労で思考が鈍ってる僕は、コスモスにトイレの位置を教えてもらい、指令室を後にする。
あまりの気疲れに、客車の壁に寄り掛かりながら進んだ。
灰色の扉の前で立ち止まる。
「えっと…ここだっけ、この扉…?」
お風呂の位置も教えてもらえばよかったかな。
そんな事を考えながら、ドアノブに手をかけ、開けて中に入る。
「……え?」
思わず声が漏れる。
ドアの先には、バスタオルを巻いたイオが立っていた。
「あ、もう上がったので、入って大丈夫ですよ」と笑顔で対応するイオ。
頭がフリーズして一言も出ず、ただ固まる僕。
この状況を徐々に理解し、完全に理解した僕は目を瞑り、勢いよくドアを閉めて、廊下に出た。
「ごめん!!トイレと勘違いしちゃってた!」
「あの…トイレなら隣ですよ」と、イオはドア越しに冷静に答えてくれた。
よくよく見ると、隣にもドアがあり、僕はさらに恥ずかしくなり、逃げるようにトイレへ駆け込んだ。
壁に手をつき、僕が今やってしまったことに後悔していると、コンコンと優しく扉をノックされた。
「ご主人様、お風呂から出ました」
「ああ、うん。ありがとう。僕も入るから、どこかで休憩してて。……本当に、ごめんね」
「いえ、大丈夫ですから気にしないでください」
イオがどこかに言ったのを確認し、さっさと用を足して、トイレを出る。
ふと、さっきの光景が脳裏によぎり、振り払うように頭を振る。
「もういいや、お風呂入ろ…」
今となっては頭は完全に覚めてしまっていた。
服の完成を忘れて、脱衣所で服を脱いでお風呂に入った。
浴室には、白い浴槽、銀色の蛇口や手すり、リンスやシャンプーやボディーソープが台に並び、本当に列車か疑いたくなるほど普通の家と変わらない。
だから僕は、いつも家でやるみたいに、ボディーソープを手の平に出して泡立て、泥や塵と埃、汗で汚れた身体をよく洗う。
シャワーから流れ出るお湯を頭から浴びながら、横目を使って、そっと浴槽の中を覗いた。
「イオが、入ったお風呂…」
イオの姿が頭の中に浮かぶ。
ハッと我に返り、首を振った。
「何を考えているんだ僕は……」
シャワーを止めて浴槽に浸かる。
肌がお湯に触れた瞬間、体中が痺れ、外側から内側へと温かさがしみ込んでくる感じがし、疲れが癒されると同時にそれだけ疲れていたことを実感する。
しばらくその感覚を楽しみながら、即興で作った鼻歌を口ずさみ、リラックスしていると、急に外のドアがガチャッと開く音がした。
僕はとっさに、首まで湯船につかった。
「ご主人様。コスモスに、服が完成したから持って行くように言われてきました。着替えです」
そういえば、そうだ。すっかり忘れてた。
「さっき来ていた服は洗濯機に回しますね」
「あ、うん。ありがとう…」
この列車洗濯機までついてるんだ、と内心突っ込む。
というか、イオに洗濯されるって、かなり恥ずかしくないだろうか。
「それでは、ごゆっくりしてください」
再びガチャンという音がして、イオの気配はなくなった。
安心した僕は、浴槽の中で体を伸ばす。
僕がお風呂を上がったのは三十分くらいしてからだった。
脱衣所のカゴに、新品の下着と、サラサラの生地で、かすかにファッションセンターであるような匂いの白いTシャツ、それから黒い半ズボンが置いてあった。
服しかお願いしてないのに、機関車が気遣って下着まで作ってくれたのだから。
お風呂でさっぱりした僕は、指揮所に戻る。
ドアを開けると、イオが端の席に座っていた。
スタスタと歩み寄り、声をかける。
「お風呂あがって来たよ。お湯抜いた方が良かった?」
「おかえりなさい!」と立ち上がるイオ。
「自動洗浄しますので、そのままでいいです」とコスモス。
いい加減、便利だと驚くことをやめる。キリがないのだ。
イオに目をやると、制服を着ていることに気づく。
「イオ…お風呂上がっても制服なの?」
「はい、これが丁度良くて。」
「さっき着てたやつ?」
「違います!ちゃんと着替え用のです」
自分の服を引っ張ってアピールするイオ。
着替えても制服なんだ…。
さっきのとの違いといえば、スカートがズボンになっていることぐらいだ。
「寝るときはさすがに…」
「制服です」
「えぇ……」
まあ、イオがいいって言うのなら、僕がどうこう言うべきではないのかもしれない。
これ以上イオの服について考えるのをやめ、もう寝ようと、寝る準備をする。
「コスモス、確か僕専用の個室ってあったよね。今日はもう、そこで寝ようかなって思うんだ」
「あ、それじゃあ私も、もう寝ますね」とイオが席から立ちあがる。
「分かりました。お二人とも、おやすみなさいませ」
「「おやすみなさい」」
僕とイオは指令室を出て、客車の方へ並んで歩く。
「初めて、コスモスに泊まるよ」
「設備は充実しているので、泊まり心地いいですよ」
「イオはどこで寝てるの?」
「本当はお客様用の個室なのを、私の私室にしてもらってます。前に生産車で寝ようとしたら、コスモスに注意されてしまって……」
「そっだ。まぁ、お客さんとか絶対来ないからね」
「そうですね。でもいつか来てもらえたらと思いますよ」
僕らは話しながら、三号車を越え、気づけば僕の部屋に着いていた。
「おやすみ、イオ」
「おやすみなさい」
挨拶を交わし、部屋の前で軽く手を振って別れる。
木製の焦げ茶のドアについている銀色の取っ手を掴み、中に入ると、室中は木材を基調にした落ち着いた部屋で、青いカーペットが敷かれていた。
奥に木製っぽい机と椅子が置かれていて、右には白くて大きいベッドと、スタンド付きの台が設置されている。
奥には、外がよく見えるくらいの大きい窓があり、光を遮るほど分厚いカーテンが閉められている。
本当ならこの豪華な部屋にはしゃぐんだろうけど、それよりも早く寝たいという欲求が勝ち、僕はすぐに部屋の明かりを消して、一目散にベッドに倒れこんだ。
フカフカで柔らかいベッドは、僕をすぐに眠りに誘った。