どこまでも続く広大な超空間、或いは世界と世界を繋ぐ無限のトンネル。
コスモスはその中を、時々汽笛を鳴らし、ハンザの船を牽引しながら走っている。
ハンザの元いた世界は、航行不能になったところからそこまで遠くないらしいけど、波の影響で遠回りすることになった。
特にやることのない僕らは、戦闘指揮所で、お互いの世界について話していた。
中央の座席に僕、ハンザは左前の座席、イオは右前の座席に、それそれ座っている。
「ハンザの世界ってどんな世界なの?」
「どんなって言われても…山があって街があってって感じかな。慶介の方は?」
訊く限り、基本的にはどこの世界もあまり変わらないのかもしれない。
「僕の世界も、そんな感じだね。無いのは君の船やコスモスみたいな他の世界に行く技術とかだよ」
「そうか~まだ渡航技術がないのか。……あれ?じゃあこのコスモスは?」
「僕の世界とは違う世界で作られたんだ。なんか急にワームホールみたいのが繋がっちゃって。迷い込んでるうちに逢ったんだ」
「不思議な現象だな。そんなことは普通は起きないはずなんだけどな」
ピロン♪
「マスター、もうすぐ超空間を抜け、ハンザさんの世界に着きます」
「あ、意外と早いね」
ハンザは座席を回し、中央のモニターに目をやった。
コスモスはトンネルを抜け、地球と変わらない青空へ出ると、モニターに高さの合わない山々と、大きな湖、遠くには町が映っていて、本当に、地球に似ているという印象だった。
「どうする?ハンザの家に行く?」
「そうだね。お願いするよ」
ハンザが頷いたの確認し、コスモスに命令する。
「コスモス、ハンザの家まで行って」
「かしこまりました」
「道案内するよ」とハンザが前の方の席に移った。
「助かります」
ハンザが道案内をしてくれている間に、僕は、イオに外に出る支度をするように言う。
「イオ、外へ出る準備をして」
「この格好でいいですか?」
イオは勿論、いつもの制服を着ている。
「…イオの好きにするといいよ」
「好きに…。分かりました」
「うん」
外に出る準備をし始めるイオの後ろ姿を見て、あとどれくらいで着くのだろうとモニターに目をやると、田畑や所々に地球のものとは違うが家があるのが見え、コスモスが田園地帯の上空を走っているのが分かった。
しばらくすると、畑が広がる土地にポツンと、黄色い屋根に白い壁の一軒家が建ってるのが見えた。
「あ、あれが僕の家だよ!」
「分かりました。着陸します」
コスモスは、一旦通り過ぎてからUターンをして、徐々に降下していった。
シュ、シュ、シュ、ギュウゥゥゥゥギュウゥゥゥゥ……プシュー。
僕らが、コスモスから降りると同時に、家から二人の女性が寄り添いながら出てきた。
ハンザは、それを見ると、「母さん!!」と真っ先に二人の方へ走って行った。
僕とイオも、後から歩いて追う。
二人のうち、片方は僕らより背の高い大人の女性、もう片方はハンザより背の低い女の子で、その子が「お兄ちゃん!」と叫んだのが聞こえた。
ハンザのお母さんらしき人が、ハンザに何か言っている。
すると、ハンザは「紹介するよ」とその二人と僕らの間に立ち、僕らに向けて手を出した。
「母さん、こちら天野慶介君と、イオさん」
紹介された僕とイオは、慌ててお辞儀をする。
「こ、こんにちは。天野慶介です」
「イオです」
クルッとハンザは振り向き、今度は手を二人の方に出して言った。
「二人とも、僕の母さんと、妹のイシカだよ」
ハンザのお母さんと、妹のイシカは落ち着いた表情でお辞儀をした。
よくよく見ると、ハンザのお母さんはとても美人な人で、妹の方はハンザを可愛くした感じの子だ。
親子三人とも、水色系統の髪で、よく似ている。
「船が故障しちゃって、危ない所を助けてもらったんだ」再びクルッと振り向き、ハンザが続ける。
「まあまあ!」とハンザのお母さんは、一気に明るい笑顔になり僕の方に歩み寄った。
「息子がお世話になったようで、ありがとうございました」
「い、いえ。偶然通りかかっただけですから」
丁寧にお辞儀をするハンザのお母さんに対して、あまり目を見れず、頭を低くして返してしまった。
「どうぞ、ゆっくりしていってください」とハンザのお母さんは、家に僕らを案内しようと歩き出すが、ハンザはそれを止めた。
「あ、母さん。船を修理に出さないといけないから」
「あら、そうだったわね。でも運ぶのも大変だし……」
困ったように、ハンザのお母さんは右の手のひらを頬につけた。
「僕の、えっと……船で引っ張っていきます」
「船…?」とハンザのお母さんは首を傾げた。
「あれだよ!」
ハンザがコスモスの方に手を向けると、ハンザのお母さんは物珍しそうな顔をした。
「あれが、船なの…?変わった形だわ…」
「けっこう高性能なんだ」
「でも、運ぶっていったって、そんなご迷惑はかけられないわ」
「二人は今、旅をしてるんだって。運ぶついでに、この町を軽く案内しようと思うんだ!」
「それなら…ちょっと待ってなさい」
ハンザのお母さんは、家の中へ何かを取りに戻った。
「イシカ、お前も来る?」
待ってる間に、妹に声をかけた。
「私は……いい。行かない。お兄ちゃん達だけで行って来て」
微笑しながら、首を横に振るイシカ。
やっぱり、知らない人と一緒にいるのは何となく居心地悪いのかもしれない。
イオとなら、仲良くしてくれそうだけれど。
そんなことを考えていると、ハンザのお母さんが、手に何かが入った袋を持って戻ってきた。
「これを持って行きなさい」
「ありがとう、行ってくる」とハンザはその袋を受け取り、僕らと一緒にコスモスに乗った。
「コスモス、ハンザの案内に従って、修理屋さんまで船を運んで」
「了解しました」
ブオォォォォォォォォォォォォと力強い汽笛がなり、モニター越しにハンザのお母さんとイシカが、耳をふさいでるのが見えた。
ガタンッ、シュ、シュ、シュシュシュシュ。
「そこまで遠くはないから、ぱっぱと済ませて、この町の案内をするよ」
「うん、ありがとう」
ハンザの船をつないでるからか、コスモスは優しく加速し、修理屋さんへ向かった。
走り出してから、数分後、ハンザの言う修理屋さんに着いた。
そこには周りを草原で囲まれ、車が三台置けるくらいの、なにで舗装されてるのか分からない敷地と、古びた白くアパートくらいの大きさの建物があるだけだった。
コスモスはその空いてるスペースにハンザの船を停め、その横の草原に停車している。
「中に入ろう」
ハンザを先頭にして、僕とイオはその後ろに並んで中に入る。
建物内は、機材や部品が並べられていて、真ん中には大きな乗り物が置いてあった。
「修理屋さんってこういう風なんですね」
あたりを見回しながら、イオが言う。
「いかにもって、感じだね」
ハンザは慣れているのか、奥に向かって「おじさーん!」と大声をだした。
その声に反応するかのように、奥の部屋から、作業服を着た白髪のおじさんが出てきた。
「なんだなんだ大きな声出すなってぇ…。んあ?ハンザか、どした?」
「これ、母さんから」
ハンザがさっき渡された袋を差し出すと、そのおじさんは袋の中身を確認した。
「おっと、こいつはいい酒だな。ありがとうって伝えといてくれ」
「それで、今日は船が壊れちゃって、直してほしくて」
「おお!そうかそうか。どれ、見てやろう」
そう言って、そのおじさんは機嫌良さそうに建物の外へ出て、僕らもついて行く。
「おじさんは僕の知り合いで、この辺で腕の立つ人だよ」
「へぇ、凄いね」
そのおじさんは船の後方に回り込み、ハッチを開けた。
「あーこいつは、ひでぇ壊れ方してるな」
「直りますか?」
「一週間以上はかかるぞ」
「あーやっぱり……」
「まあ、酒も貰ってるし、早めに直してやるよ」
「ありがとうございます」
「それで、さっきからそこに居る二人は?」
特に何もやましい事はしてないのに、何故かギクッとした。
「二人は、僕の命の恩人だよ。あの船に乗って旅してるんだって」
「そうかそうか、よろしくな」
おじさんはゴツゴツしていて力図良さを感じる手を差し出し、僕は慌ててその手を握った。
イオも、同様に手を握手した。
「で、二人の乗ってる船ってのはそれか」
おじさんは、コスモスの方へ近づく。
「珍しい型だが……。この見た目は、聞いたことがあるな。確か次元…次元」
「次元走行列車ですか?」
「そう、それだ」
「知ってるの?」
ハンザは、驚いた顔をして訊ねる。
「いや、俺も実物を見るのは初めてでな。だが、こいつは……」
そう応えておじさんは、かなり長い時間コスモスを観察しだした。
機関車の動輪やシリンダーの部分、客車の台車、装甲板を眺めていた。
その時の表情は、一瞬、さっきまでの優しそうな印象が嘘かの様に怖く感じた。
「なぁ、君」
唐突にそのおじさんに話しかけられた。
「えあ!はい!」
とっさのことに、変な返事をしてしまった。
「これはただの勘だが、こいつは戦闘用じゃねぇか?しかも、最新式の」
「……はい」
驚いた。確かに主砲が露出しているとはいえ、コスモスが最近完成した戦闘用列車であることを見抜いたのだから。
「君はこいつが戦闘用なことを知っていたのか?」
「はい、知っています」
僕は少し身構えた。
「旅をしていると聞いたが、まさか……。いやどうでもいいか。悪い奴には、見えねぇしな」
おじさんは笑いかけて言ったが、その目は真っすぐこちらを見つめていた。
「あの、おじさん。僕は二人にこの町を案内しようと思うんだ」
ハンザが横から割り込んだ。
「おお、そうか。え、これで行くの?」
「目立つ?」
「ああ、これだけ巨体で細長けりゃあな。だが、まいっか。どうせ、こんだけ田舎だしな。気をつけろよ。船の事は任せておけ」
「うん!お願いします!」
ハンザの用事を済ました僕らはコスモスに乗り、おじさんの修理屋さんを後にした。
ただ、あのおじさんが言ったことが少し気になった。