「私は、2週間で日本語を理解した。必要だったから……………。それからは奏汰が知っての通り、毎日実験やら研究やらを繰り返してきたの」
奏汰は友里の言葉の一つ一つに注意深く、静かに聞いていた。いやむしろその信じがたい話に口を開き、声を失っていたとした方が正しいかもしれない。
全てを理解し信じろと言われても、こんな話簡単に飲み込めるような内容ではなかった。
が、一方で友里の今までの言動や、実験や研究が好きであること、同年代に比べて有能であること、天才ぶり、発明の数々を考えてみれば、確かに前世の記憶があると言われても合点がいく。
しかも目の前にあるこの金属の塊であるロボットも、本物である。
恐る恐るそのロボットの右脚に触れてみると、掌にひんやりとした感覚。
ツルツルの表面は、まるで車のボディーにオイルを塗ったかのようであった。
友里がすべてを話し終えると、奏汰は頭をかきながら一度、ため息をついた。
「分かった。信じるよ。お前のこと」
もう一度、彼女の目を見つめた。
「でもさ、そんな天才科学者が、なんで俺なんかとずっと一緒にいてくれたんだ?自己評価がめちゃくちゃ低い訳じゃないけど、どう考えても住む次元が違うっていうか……。その、ほら、ね?俺って普通の高校生だし。前世がある友里にとってガキっていうか…………」
「そ、それは」
彼の視線と質問に友里はとっさに目を反らした。顔が熱くなっていくのを感じながら、恥ずかしそうな表情を浮かべてはいるが、幸い、2人がいる場所は薄暗く、しかも前髪で隠れたため奏汰には彼女の表情を正確に読み取る術はなかった。
前世で天才化学者であった彼女も、今この瞬間ばかりはたった一人のか弱い少女なのである。
「それに、あいつらはなんだよ。何で襲われたわけ?」
答えづらい質問をしてきた彼自身が、答えを待つことなく違う質問をした。
彼のせっかちな性分に助けられた、と友里はほっと胸を撫でおろし、水色の髪をいじって身なりを少々整え、そちらの質問には答えた。
「あれは武装集団『アンドレ』。多分、私と同じ転生者がいる」
「他にも転生者が?」
「うん。推測だけどね。私が転生したという事実がある以上、他にいたとしても不思議じゃない」
俺としては転生してること自体が不思議なんですけどね?なんてツッコミは無粋であると奏汰は心の中で留める程度にした。
「それでその、アンドレ?って何?」
「海外を拠点としている犯罪組織。表舞台に出てこない、裏社会の組織。他にも犯罪組織なんてものはゴロゴロあるらしいけれど、アンドレはちょっと違う。出処不明の武器を使っているの。その一つが」
「この間の工場爆発事故で映ったロボットか」
コクリっと頷く友里。
「でもさ、最近はロボットの開発とかも進んでるし、別に普通じゃ?」
「残念だけど、この世界の技術じゃ、まだまだ実用化は出来ない」
「そうか…………。海外を拠点にしているんだろ?どうやって日本に運んできたんだ?」
「それは分からない。でも彼らの目的は私。どういうわけか、こちらの位置を特定されちゃった」
「それも異世界の技術ってやつ?ロボットも、何か上手い手を使って隠して持ってきたってことか」
「多分ね」
「じゃあこいつは?こいつはお前ん家で造ったのか?」
こいつ、というのは今2人の目の前で静かに佇む、I-901『フライア』と名付けられたこのロボットだろう。
「この子は、私にも分からないの。私が造ったのは間違いないんだけど。でもそれは前の世界の話で…………。どうしてこっちに来たのかは……………。でも、とにかく隠すことにしたの。これがこの世界の人間に渡ってしまったら、何に使われるか分からない」
深く、深く奏汰は考えた。
これから先どうするか、と。
先程の出来事と友里の今までの事の1から10を警察に話したところで、相手にしてもらえないだろう。それどころか精神を疑われてしまう。それに2人の目の前にいるこのフライアと呼ばれるロボット兵器をどうするか。こんなものが見つかれば、敵にだけでなく周りの住人たち騒がれ、その製作者が彼女であることが公になってしまえば、もちろん捕えられてしまうことは必須であろう。今日の朝、教室の”純粋”な生徒たちが友里が犯人であると疑ったように、今度は街の住人全員が彼女を最恐のロボットを作った狂人であると決めつけてしまう。であれば、今すぐに河に沈め、友里と2人きりでどこかへ逃げることもありだろう。まるで小説や映画であるように、若い男女で夜逃げをするのだ。しかし、どこを頼る。誰かに匿ってもらうか。頼られてくれるだろうか。いやいやでも、他の友達を巻き込むわけにもいかないだろう。
ああでもない、こうでもないと奏汰が唸っていると、友里は申し訳ない気持ちで一杯になった。
こんなことなら、彼とでさえ関わるべきでなかったと、16年の生に、初めての後悔の念に苛まれた。
「本当にごめんなさい。ただの高校生である君を、こんなことに巻き込んでしまって………」
「気にするなよ。いつもの事だろ?それに、今はお前も高校生だ」
「……………ごめんなさい」
ただひたすら、謝罪の言葉を口にするしかなかった。たった1人の大切な幼馴染に、いや、それ以上の存在である彼に。
だからであろう。彼女が一つの提案を思いついたのは。
「私が引き付ける。奏汰は逃げて、平穏な暮らしを送って」
「は……………?」
「ごめんね。本来、君が私のために頑張ってくれる必要はないんだ。私と君は、ただのお隣同士で、昔から仲が良くって、幼馴染ってだけ。命は、ほら、大事にしなきゃ」
「ちょっと待てよ」
奏汰にとって、その言葉もそしてその先も聞きたくなかった。
彼にとってそれは、ずっと一緒に過ごしていこうと信じてた唯一の人に冷たく突き放されることに等しかったからだ。
そんな奏汰の気持ちを知ってか知らぬか、友里は無情にも話を続けた。
「私がフライア(この子)に乗って遠くへ引き付ける。大丈夫、私が作ったI-903はちょっとやそっとじゃやられないからさ。もしも私が死ぬこととなっても、この身を犠牲にしてもあいつらと一緒に………。そうすれば、あぁ、全てが終わるわけではないけれど、少なくとも君は助かるはず。」
「ふざけるな!それじゃ友里は……………!」
一瞬、ほんの一瞬だけ友里がこのロボットに乗って敵の攻撃を受け、そして死ぬ様を想像してしまった奏汰は急にそれが恐ろしくなった。
首を横に振り、彼女の肩を掴み訴えた。
「だめだ!絶対に!何か他に手があるはずだ。待ってろ!今、考えるから!」
奏汰は逡巡した。
必死にものを考えているが、思考能力において友里に敵うはずもない。
「それに………」
口ごもる奏汰に対し、感情の読み取れないほど真顔の友里は口を開こうとした。
その瞬間………。
フライアは突如として動き始め、人ひとり鷲掴みするのに十分な大きさの手を使って2人を掴むと、鉄橋の影から飛び出した。
途端、頑丈に作られているはずの鉄橋は、悲しい悲鳴と粉塵をあげて崩壊してしまった。
「………!何だ!?」
奏汰と友里は目を凝らして、何が起こったのかの把握に努めた。
ガシャン、ガシャンと何かが瓦礫となった鉄橋の構造物をかき分け、踏み鳴らしている。
やがて霧のように広がった灰色の塵の煙が晴れると黒い影。
しかも、異様に大きい。
「もう一つの………ロボット!?」
そう、ロボットだった。フライアとは全く別のロボット。
友里が胸元のペンダントを握ると、フライアの肩部に取り付けられた探照灯が点灯し、かの全貌が露わになった。
光の先にあるのは禍々しい形状のロボット。下半身には四本の重機のような脚を持ち、上半身は人の形をしている。動体との関節は露出しており、腕部に備え付けられたマニピュレーターは三本指であった。
闇夜に溶け込むように黒く塗られていた機体は、真っ直ぐに友里と奏汰を捉えている。
「逃げて!」
友里の指示に、フライアは敵戦闘ロボットを頭部に搭載しているカメラアイに納めながら全速力で後退し、十分な距離を取ろうと回避行動に移った。
対して敵のロボットの方も、みすみす逃すはずもなく、何やら背中のところに折りたたんで収納しているアームを展開した。
その姿はまるで天使のように、背中に翼を持っていた。
しかしその翼は羽で出来ているわけではなく、代わりに10本のミサイルで構成されていた。
そのうちの一本を点火させ、何かが筒から噴出するような音がして、発射された。
「やばい!ミサイルがこっち来る!」
暗いながらも、推進器によるオレンジ色の閃光により、そのミサイルの姿かたちがフライアに抱きかかえられた2人の目に入った。
「お願い、守って!」
返事をする代わりに彼女の首にかけられたペンダントが青白く点滅した。
フライアはミイルが着弾する寸前でターンし、躱してみせた。
標的でなく地面に着弾したミサイルは、爆音とともに爆破した。
破片で2人が怪我をしないように背中で庇ったあと、I-903は大通りに出て、橋を渡り、川を渡り、とにかく逃げた。
ここは住宅街であり、あの戦闘ロボットにこんなところで攻撃をさせるわけにはいかないと、2人には分かっていた。
だから友里はとある場所に向かうよう命令した。
かつて2人が遊びに訪れた場所。
休日になれば家族連れや恋人やコミュニティーを築いた老人たち、スポーツマンなど、老若男女を問わず訪れる場所。
市でも最大の自然公園に向かってフライアは走行している。
「お願い、奏汰はどこかに隠れてて!私一人がやるから」
「俺は友里から離れない!お前を一人にしない!」
「奏汰が危険な目に会う必要はないの!これは私の問題だから!お願い逃げて!」
「どうせ俺も奴らに目をつけられただろ。映画とかじゃ、関わった奴は皆殺されるってな。残念だったな。俺はもうアウトだ」
「だから私が引き付けて、どうにかするって…………!」
「お前1人でどうにかなる訳ないだろ!」
逃げている間というにも関わらず2人の口論は灼熱
「この………この……分からず屋!」
「そうだよ分からず屋だよ!でもお前だって分からず屋だ!1人で抱え込むなよ。幼馴染の俺を信じてくれよ!」
そう言い合っている間にも、自然公園についてしまった。