いつも部屋の中を明るく照らしてくれる照明は消え、非常灯とモニターの明かりだけが頼りとなった。
これから、本物の戦いが始まる。
そう、本物の戦いが……。
その事実に段々と心臓の音が大きくなり、背中からは汗が滲む。
「機関出力、上昇。反転します」
「……なんとか相手を止められるかな」
「マスターが望むなら」
「心強いね」
「私はマスターの列車ですから」
「うん」と僕はうなずくと、ふいに視線を感じた。イオがチラチラとこちらを見ていたのだ。
餌を求める猫のように、つぶらな瞳だった。
「……イオも、お願い。皆を助けて」
「かしこまりました!」
それまで重々しい雰囲気だった指揮所内は、パァと明るくなったイオの声によって少しだけ和らいだ。
「行くよ!!2人とも!!」
「了解!」
「了解!」
中央のモニターには、列車の速度が加速していることや、敵と僕達の位置関係を示した図が表示されている。
「敵艦、接近中です。距離、100km。進路そのまま」
未だに胸はドキドキとなっていて、全身から冷や汗が流れてくる。
落ち着け……僕。
信じなくちゃ、2人を……。
「コスモス、第4戦速で直進。主砲発射用意」と僕の指示にコスモスが復唱した。
「主砲発射用意。システム、異常なし」
「主砲回頭。目標、敵艦エンジンルーム」
「主砲回頭。自動追尾開始します」
中央のモニターの隅に映し出された主砲の見取り図が、敵に砲身を向けていることを告げていた。
「セーフティ解除。出力50%に設定」
「セーフティーを解除します。出力50」
主砲を発射する準備が終えるのを待つ。
それはたったの数秒のはずなのに、スローモーションのように感じた。
「主砲準備完了」
コスモスと敵艦の距離がどんどん縮まっていき、すでにお互いの射程距離内だ。
「シールド解除」と僕。
「シールド解除」とコスモス。
一度、息を思いっきり吸う。
「撃て!!!」
直後、コスモスに連結されている戦闘列車の主砲から赤白い光が宇宙空間を一直線に進み、艦隊の前方にいる中くらいの船のエンジンに命中した。
コスモスが撃ったあとに遅れて主砲弾で反撃してきた、こちらに当たることは無かった。
反対に、抵抗する術もなく装甲を貫かれた空中戦艦はオレンジ色の閃光と黒い煙に包まれた。
目で見てわかる。あの船はもう戦えないと。
「敵艦の撃沈を確認しました」
とりあえず一隻撃破することが出来た。
しかし、敵艦隊は次から次へと攻撃を仕掛けてくる。
オレンジ色や緑色の閃光が雨のようにこちらに降り注ぎ、コスモスは器用に、敵の砲弾の縫い目を縫うようにして躱し、躱された砲弾は遠くの方で消えてしまった。
「ご主人様、敵艦が三方向に展開、このままだと囲まれてしまいます」
レーダー手の席に座るイオは次々に敵の動きを報告する。
メインモニターにも同様の敵の動きが映し出される。
赤い四角が三つ、これが敵の艦隊の位置。
青い点、これがコスモスの位置。
確かに、三つの四角が青い点を囲もうと、左右に展開している。
このままだと三方向から集中砲火を浴びることになる。
僕はキャプテンシートの肘掛を握りながら、それぞれのモニターに目を走らせる。
敵艦隊は中央に主力部隊として大型艦4隻に中型艦3隻、それから小型艦8隻。
左翼、右翼ともに中型艦を中心とした機動部隊が展開している。
いくらコスモスが最強の戦闘列車でも、どう考えてもこちら側が不利な戦力差だ。
「出来るだけ三つの部隊と同じ高度で走って。これだけ近ければ相打ちになるから相手も下手に打てなくなる」
「敵小型艦、ミサイルを発射しました!」
指揮所内ではイオの叫ぶ声とロックオンされたことを知らせるミサイルアラートが鳴り響く。
数十発のミサイルは真っすぐにこちらへ向かってきている。
相打ちにならない、絶妙なタイミングで撃ってきたのだ。
「左の部隊に這うようにして走って」
言われたとおりに、コスモスは大きくカーブして左側の敵艦隊に接近し、ミサイル群を引き連れたまま敵の装甲に沿って走った。
多くのミサイルが僕達を執拗に追いかけてくる。
それはまるで、巣を突かれた蜂のようだった。
このままじゃキリがない。
「敵に突っ込んで」
「突っ込みます」
コスモスは主砲で敵の巡洋艦クラスの装甲板に大穴を開けるとそこから入っていった。
当然その後ろを追っていたミサイル群は突撃された船の残骸や、内部構造物に当たり爆散した。爆発が爆発を呼び、コスモスの何倍もの大きさを持つ戦艦はあっという間に炎に包まれ、乗員の逃げ切る間もなく沈んでいった。
「ご主人様、2時方向と4時方向に敵小型艦多数接近中です」
「対艦ミサイル、発射」
「了解しました」
後ろに繋いである電気機関車の屋根の一部がハッチになっていて、それが開くと、垂直にミサイルが三本、飛んで行った。
それらは自動で敵艦を追尾し、最終的には着弾して軽々と沈めてしまった。
「装填完了」と主砲に弾が装填されたことをコスモスが教えてくれた。
「撃て!」
「装填完了」
「撃て!」
「装填完了」
「撃て!」
「装填完了」
「撃て!」
装填されるたびに、僕は次々と敵艦に向けて発砲するように命令した。
主砲弾が命中した敵の船たちは、軽々と装甲を貫かれて沈んでいく。
あちこちで爆発が起き、破片がそこら辺に飛び散っている。
でも敵もやられてばかりではない。
「4、7、8号車に被弾。損害軽微です。さらに10時の方向からエネルギー反応」と少しも焦りを感じない、コスモスの声。
敵の砲弾が、ミサイルが、コスモスの放つ弾幕をかいくぐって頑丈な装甲板をたたき割る勢いで迫ってきた。
攻撃のためにはバリアーを解除しないと撃てないので、回避しない限り損傷が激しくなる。
「多目的レーダー故障!」
イオは休みなく表示される損害報告を両手のキーボードを素早くタイピングして捌いている。
その間も車内は揺れている。
キャプテンシートに座る僕は、肘掛にピッタリと腕をくっつけて耐え忍ぶ。
「敵主力部隊より、大型のミサイルの接近を多数検知。急速接近します」
正面にいる敵の主力艦隊にいる戦艦が大型ミサイルを18機ほど発射し、緑色の光を発しながら、まっすぐこちらに飛んできている。
その大きさはさっきのミサイル群のよりも大きく、威力もそれなりにありそうだ。
今からじゃシールドの展開が間に合わない。
ここは全部撃ち落とすしかない。
「ホーミング・アロー」
「ロック・オン」
モニターに映る大型ミサイルたちが四角い枠で囲まれた。
「撃て!!」
僕の命令の直後に車両側面から勢いよく飛び出た紅い光は、直角に折れ曲がり、接近してくる緑色の光に迫った。
ホーミング・アローは敵を追尾する攻撃。
しっかりミサイルにロックオンし、一秒一秒のうちに徐々に接近し、ついに二つの光は互いにぶつかり合った。
ぶつかった場所では激しい爆発が巻き起こった。
「全機撃墜を確認しました」
「主砲発射!!」
主砲からは太い赤白い光がまるで稲妻が空を翔けるように飛び出し、敵艦に直撃した。
「大型巡行ミサイル接近中。距離2000m」
「撃ち落として」
客車の屋根の端っこが開き、中から対空機関砲が姿を現した。
そしてその対空機関砲は大型ミサイルに照準を合わせると、自動でそれらに掃射した。
どれもコスモスの至近弾で爆発したが、対して損害にはならなかった。
「対艦ミサイル発射。右にいる部隊を黙らせて」
「了解しました」
前の方で連結されている客車の窓がひとりでに開き、それがそのままミサイルの発射口になった。また真ん中の方の客車では車両の底が開くと、客車一両分あるミサイルが姿を現し、ジェットブースターを噴射して、右側の部隊に向かっていった。
これで左右の艦隊の砲撃の手は弱まった。
「全砲門、敵、中央艦隊に発射!」
「装填完了」
コスモスの前の戦闘車両の砲門も後ろの砲門も、前であわてふてめいて浮かんでいる艦隊に向けられた。
「コスモス、各砲門を少しずらして、直撃にならないよにして」
「修正しました」
「撃て!」
18門から放たれる主砲の砲弾は敵艦の船をかすめたけど、それでも十分損害になるようだった。
「コスモス、前進一杯!目標、敵旗艦!」
「前進一杯、了解しました。機関出力全開」
手前の席に設置している大きな黒いレバーが一機に手前へ倒れた。と同時に瞬く間に加速していき、外の景色は線のように流れていった。
前進一杯。それは船が出せる設計上の最高速度を上回る、機関が壊れることを想定した速度。
他の艦では追いつくこともできないらしく、距離がどんどん離れていくのがイオの正面にあるレーダーを覗けば分かった。
「敵艦の艦橋は恐らく、艦の中央かと思われます」
「そこに向かって」
コスモスは他の艦の前を全て素通りし、敵の旗艦に突っ込んだ。
敵艦の分厚い装甲に激突する前にミサイルを発射し、大穴を開けてそのまま侵入した。
「……ブレーキ!!」
艦内にいる乗組員は小さく、誰もが逃げ惑っていうる。
列車は何もない空間で車輪から激しく火花を散らせ、目に見えてして減速するとついには止まった。