空は薄く明るくなっており、青空は見えているのに太陽はまだ昇っていない。
コスモスは少し長い汽笛を二回、長い汽笛を一回鳴らした。
これは本当なら車掌を呼び出すための汽笛合図だけど、今回は僕に準備が出来たことの合図だろう。
大人の身長よりも遥かに大きい動輪の元まで行き、その巨体を見上げてみた。
煙突からは白い煙が上がっていいき、まるで青い空に溶け込んでいくようだった。
「自己修復100%完了しました。いつでも発車できます」
コスモスの澄んだ声が、機関車から聞こえた。
「もう、行っちゃうんだね……」
後ろから、どこか物悲しげなハンザの声がした。
「うん、もう行かなくちゃいけないから」
言葉が溶けていくように感じられた。
僕たちの間に、淋しい風が吹く。
昇る日の光が山々を順番に色を付け、夜明けを壮大に告げる。
白い鳥が空を飛び、色とりどり野花は揺れ、大きな雲が流れる。
風は少しヒンヤリとしていたけれどそれが心地よかったし、何よりこの綺麗な景色に心が表れていくようだった。
「ありがとう。俺たちの街を救ってくれて」
太陽に照らされて、彼の澄んだ瞳に光があった。
「僕は大したことしてないよ。この世界にいる皆が立ち上がったから出来たことなんだよ。僕らが戦っても戦わなくても、どの道こうなってたと思うよ?」
僕の言葉にハンザは首を横にゆっくりと振った。
「ううん、慶介が俺たちを救うって決めて戦ってくれたからだよ。君たちが戦ってくれたから、俺たちは立ち上がれたんだ」ハンザは続けて言った。「でも、そうか。それならあの二人にもお礼を言わなきゃね」
ハンザはちらっとイオに視線を移した。
彼女は今、反乱に参加した人たちに囲まれて感謝され、そして順繰りに握手をしている。
先日、彼女のことを化け物だと言っていた男たちも、自ら進んで声をかけに行っている。
本人はとても困惑しており、周りの人たちに丁寧にお辞儀しながらもこちらに助けを求めている。
僕はしばらく気づかないふりをしてみた。
「……うん。こちらこそ、お世話になったよ。ハンザ」
「元気でね」
「ハンザもね」
僕とハンザも握手をした。
その手には豆が出来ていたけれど、確かな温もりがあった。
それを感じた途端に心細さ共に目に熱いものが溜まった。
「慶介さん!」
イシカが家のドアをバンッ!と開けて駆け寄ってきた。
「慶介さん、これ!」
その手には花柄のアクセサリーがあった。透明な、何か硬いもので覆われていて、見る角度によって色が違う、キラキラとしていて綺麗な物だった。
「これは……?」
「この地方の伝統工芸だよ。持っていると願いが叶うって言われている」
ハンザがイシカの隣に立った。
「家の中はめちゃくちゃにされてた。けど、これは無事だったの。これは私が小さいころから持ってたお守り。…………だけど慶介さんにあげる!」
イシカは僕の眼を見て、それを差し出す。
いきなりのことに戸惑ってアクセサリーとイシカの顔を交互に見て、そして「受け取ってあげて」とハンザに促され、結局手を伸ばした。
「そっか、ありがとう、イシカ」
そのアクセサリーを手に取ってみると以外にもひんやりとしていて、スベスベで、重みがあった。
「私達のこと忘れないでね」
「もちろん、忘れないよ。短い間だったけど、ここの景色も空気も、ハンザやイシカたちと過ごしたことも、皆のことも。僕の旅の中の大切な思い出の一つだよ」
僕ははっきりとと答えた。
ハンザ、イシカ、ハンザの両親、修理屋のおじさんたち全員に体を向けた。
真剣な眼差しで、でも柔らかく微笑みながら両脚を揃え、両手を指先までピンと伸ばし、出来るだけ綺麗な姿勢で、お辞儀をした。
「お世話になりました!!」
精一杯の感謝を口にした。
「こちらこそ~!」
「街を助けてありがとうねー!」
「気を付けるんだよ!!」
「ばいばい!」
町の人たちからの温かい声に、僕は目をこすった。
あぁ、僕がやったことは無駄じゃなかったんだと。
何もかも成し遂げたような心地になった。
「また、いつでもここに帰ってこいよ」
「……分かった。また戻って来るよ」
僕とハンザはもう一度、握手を交わした。
彼に別れを告げて、コスモスに乗り込むと戦闘指揮所の中央に堂々と立った。
「コスモス、発進用意」
僕とイオしかいない指揮所内を見渡す。
「了解しました。圧縮機関……異常なし。圧力上昇中、60……70……。同調率80%。自己診断プログラム……正常。空間運行システム……異常なし」
イオの席のレーダー用のスクリーンや誰も座っていないのモニターに無数の文字が表示されては消え、表示されては消えを繰り返している。
「各種装備……異常なし。各種兵装……異常なし。空間レーダー……異常なし。自動軌道発生装置……異常なし。装甲セット完了。システム……正常。オールグリーン。発車準備完了」
「いつでも発進できます。ご主人様」
「コスモス、微速前進。進路0度」
「微速前進。了解しました」
長く力強い汽笛が、街を越え山々に響いた。
大勢の人に見守られながら、僕たちの機関車の主連棒が前後に動き出し、ガチャンッとゆっくりと列車が進みだした。
機関車が吐き出す蒸気が辺りを包み込み、それはさながら霧が立つ湖畔の様だった。
助走をするように、広い草原をどんどん加速している。
「マスター、ハンザさんたちが!」
メインモニターが切り替わり、コスモスを追いかけるハンザとイシカの2人の姿が表示された。
僕は後ろの展望車へ駆け、展望デッキに出ると、まだこの世界の風がビューッと吹いている。
「ありがとう!慶介!」
ハンザは手を振って走っている。
その後ろには同じくイシカが走っていて、「さようなら!!慶介さん!!イオちゃんも!!」と手を振っている。
僕とイオは2人に手を振り返した。
「こちらこそ、ありがとう!!元気でね!!」
「ありがとうございました!」
やがて列車の車輪は地面を離れ、大空へと風を切って進む。
イオは手すりに乗り上げ、精一杯の笑顔を向け、最後に手を振った。
「ありがとうございました!!」
ハンザとイシカの2人の影はどんどん小さくなっていく。
僕らはお互いに見えなくなるまで見続けていた。
「マスター、どこへ行きますか?」
「とりあえず、ハンザ達が教えてくれた世界へ向かってみようか」
「了解しました!」
操縦席のレバーは倒れ、進路をとった。
「ご主人様」
ふとイオが僕の席の近くに立っていた。
「うん?どうしたの?」
「ご主人様。私は……………私とコスモスはどこへでも、どこまでも貴方についていきます」
「……うん。これからもよろしくね。イオ。それにコスモス」
「「はい!」」
2人の声が重なった。
とても可愛らしかった。
これからきっと、いくつもの数えきれない壁に当たる。
泣き出しそうな目に会うかもしれない。
逃げ出したくなるかもしれない。
でも僕は絶対に諦めにない。
イオが僕を守ってくれるよに、コスモスが戦ってくれるように、僕は2人を守っていこう。
そんな決意を密かに心に秘めながら、僕は今日も旅をする。
コスモスは僕らを乗せて、無限に広がる超空間を揺るがすように走り続ける。
青い地球を、人々を、日常を取り戻すために。