それは突然の出来事だった。
僕もイオも、目の前で起こっていることに思考が追いつかず、ただ固まっているしかなかった。
なに!?なにが起こっているの!?
まるで頭の中に分厚い凍りが張りついているように、何も考えることが出来ない。
焦り、不安、恐怖。
そんな中、コスモスから再び報告を受けた。
「三時の方向、巡行ミサイル接近中。距離3000。着弾まで20秒」
ミサイル!?
窓ガラスに表示されたスクリーンには、真ん中に青い点。
その右側に赤い点があり、左へと動いている。
どうやらレーダーで捉えた反応を示しているようで、真ん中の青い点がコスモス、赤い点がミサイルということなのだろう。
赤い点が動く速度的に、あと十数秒というところでこのコスモスに着弾する。
大丈夫、まだ間に合う。
とにかく今は落ち着かなくちゃ……。
うまく対処すれば、少なくとも深刻なダメージを追うことはないはず。
逆に言えば、対応をミスするとあのミサイルにやられてしまう、かもしれない。
とにかく今は防御だ。
「コスモス!シールド全開」
「了解。シールド展開します。出力最大」
「ご主人様、あれ……」
イオの指さす方向に視線を移すと、色鮮やかな世界の中に明らかに不自然な影があった。
銀色の細長い筒が白い尾を引いていて、まるで流れ星がスローモーションで近づいてくるようだった。━━━━ミサイルだ。
「威力が分からない。しっかり掴まって!」
「きゃあ!」
僕は念のため、イオを床に押し倒し庇うようにして伏せた。
直後、窓の外からは白い光が一瞬にして光った。
「敵ミサイル、バリアーに接触、起爆しました。こちらに損害はありません」
光に遅れて、爆発した音が聞こえてきた。
揺れはなく、バリアーに着弾したというコスモスの報告がなければ、ミサイルは今もここに向かってきているという錯覚に陥ってしましそうだ。
彼女の報告は淡々としたもので、それを聞いて一瞬安心しつつも、僕はすぐに気を引き締めた。まだ、ミサイルを発射した本体がいる。
それはつまり、何もしなければまた攻撃されるということだ。
僕らは次の行動に出なければならなかった。
「ここじゃ状況が掴みづらい。指揮所に行こう。コスモスは戦闘準備してて。速度は第5戦速に挙げて」
「了解。戦略次元列車【コスモス】、戦闘準備開始。前進、第5戦速。圧縮機関圧力上昇。各武装、異状なし」
「私はご主人様と!」
僕とイオは駆けて、客車から客車へ渡った。
その艦大きな揺れもなく、地面で走っているのと大差なかった。
「9時の方向からエネルギー反応です」
2号車あたりの廊下を走っている時に、敵から次の攻撃が来た。
黄色い光が一瞬でコスモスに迫り、車体に直撃する手前で半透明の青色の壁に阻まれて細かく散っていった。
「威力はこちらよりも劣るようですね」とイオは落ち着きを取り戻して言った。
「まだ油断できないよ」
そう、これが威嚇や牽制のための攻撃だった場合、それかまだ何か強力な武器を隠し持っているかもしれない。
とにかく今は応戦するかどうかを考えなければならない。大丈夫、僕達ならなんとかなるはずだ。ハンザの世界でも出来たのだから。
再び走りだし戦闘指揮所の分厚い自動ドアを通り抜け、キャプテンシートに座った。
イオは右側に座り、スイッチ類を操作し始めた。
「コスモス、状況は?」
「主砲弾3発、ミサイル2発の着弾を確認しました。いずれも損害ありません」
「相手の位置は?」
「それが………」と言葉を濁すコスモス。
「ご主人様、敵艦の位置の確認が出来ません!完全に見失いました………」
イオの言う通り、レーダーで捉えたものの位置を示す球状の画面には、何も映し出されていなかった。
中央のモニターが、コスモスの外側の景色をいくつものアングルに分けて映したが、そのどれにも艦影らしき影一つなかった。
あるのはこの超空間の幻想的な模様ばかり。
怪しい姿はない。
「多分、敵は熱光学迷彩を用いた高度なステルス列車かと思われます。私のレーダーにも反応しないような……………」
「つまり姿が見えない敵なんだ」
「はい。でも、全く捉えられないわけではありません。これを見てください」
そう言って、コスモスは中央のメインモニターに、レーダーの画面を表示した。
「確かにレーダーで捕捉することは出来ません。でも、こうして各センサーでで捉えた微妙なエネルギーの反応を重ねると……………」
その映像は加工されていき、真ん中の青い点、つまりはコスモスのいる位置の周りに白い波線が表示された。
「解析の結果、これらは人工重力による微妙な空間の乱れと、空間を移動するためのレールの痕跡だと分かりました」
「そういえば、さっきステルス性の高い列車って言ってたね。ステルス艦とかじゃなく」
「はい。このレールの跡が証拠です。次元走行列車は自分でレールを形成し、その上を走ります。走った後は削除されますが、高速で移動しているためどうしてもその後が出てしまうのです。今回の敵は比較的上手く隠せてはいますが、完璧ではありません」
「それじゃあ、どうにか…………」
「ただ、問題なのが、レールの跡は列車が走った後に残るモノですから、観測にラグが発生します」
つまりは、そのレールの跡を見つけた時には、すでに列車はそこにいないという事だ。
「レールの跡じゃなくて、レールそのものを捉えるっていうのは?」
「それが………どうやっているのかは私にも分かりませんが、検知できないのです。ステルス性能が桁違いです」
「そう……か………」
相手の目的は分からないけれど、とにかくステルス艦がコスモスを狙っている。
幽霊なんかじゃない、実態のある敵だ。
「主砲を発射する時のエネルギー反応と、ミサイルの発射位置からある程度は分かるのですが、移動速度が不明です」
「どうにかして探し出せないかな?」
「全方位に射撃してみるのはどうですか」
「弾を無駄にしちゃうからダメかな。弾切れになったら一番まずいよ」
「マスターのおっしゃる通り、連続で撃ち続けるとしばらくは弾切れになります。でも、私の機関が駆動している限りは、武器弾薬は製造可能です」
「分かった」
高性能の彼女も、何でも出来るわけではない。
出来るだけ使用する武器を絞って、無駄弾を使わないようにしなきゃ。
これは、テレビゲームとは違うんだ。
「次、攻撃を仕掛けてきた時が勝負だよ。そこから位置を割り出そう」
「了解」
「コスモス。イオ」
僕はイオの顔をじっと見つめる。
彼女も見つめ返す。
「敵を迎え撃つよ」
自分を、彼女たちを奮い立たせる様に僕は命令した。
「了解!」
「了解。対艦ミサイル、スタンバイ。セーフティー解除。バイア―解除。」
指揮所内のモニターが一斉に明るくなり、各々が自分に与えられた役割をこなしている。
モニターの一つが最後尾に連結された電気機関車の屋根を映し出していた。
屋根にある構造物が、ハッチのように開いた。
「マスター7時の方向、エネルギー反応!」
「撃て!」
僕が叫ぶ声に少し遅れて、機関車から一本の筒が、白い煙を勢いよく噴射しながら発射された。
レーダー上にコスモスのミサイルが真っすぐと敵の射点に向かった。
ミサイルは敵の主砲弾とすれ違った。
敵のエネルギー弾は数秒後、バリアーを解除したコスモスの客車の一つに当たった。
「2号車に着弾。対空レーダー故障。第1装甲板に軽微の損傷」
こちらのミサイルはまだ敵には着弾していない。
でも、確実に迫っているはずだ。
ミサイルは真っすぐと進む。
そう、真っすぐと。
そのはずだったのに。
「マスター。私の誘導ミサイルが、反転してこちらに戻ってきます」
「え!?どういうこと!?」
「私のコマンドを受け付けません。これは、ハッキングされてる……………!?」
コスモスの言葉に僕は耳を疑った。
敵はこんな短時間でハッキングしてきて、ミサイルを乗っ取ったというのだ。
厄介どころじゃない!!
向かってきているのはこのコスモスのミサイルだ。
「防げる?」
「設計上は私のバリアー、装甲共に突破は出来ません。しかし、レーダー類にダメージが入ると思います」
「撃ち落として!!」と僕は即座に命令した。
数秒後、機関車に連結されている客車の屋根や窓から無数の銃身が顔を出し、そのミサイルを撃墜すべく、オレンジ色の閃光が弾幕となって放たれた。
ハリネズミ状に配置されたそれらの砲は、ミサイルを撃ち落とすことに躍起になった。
弾が何発かあたり、ハッキングされたミサイルは近距離で起爆した。
オレンジ色の閃光、一瞬にして広がっていく爆炎。
さすがの威力だ。爆発による衝撃で車内が揺れた。
「損害は?!」
「圧縮機関、以上なし。武器システム、以上なし、装甲、問題なし。戦闘の続行可能です」
「敵の位置は?」
「敵艦ロストしました」
「ご主人様、直情方向よりエネルギー反応です」
上から!?
「コスモス、右へ避けて!最大戦速!」
「了解、取り舵一杯。前進、最大戦速」
列車は右側に大きくカーブをした。
同時に、どこかに当たったのか車内が揺れ、衝撃が伝わった。
「8号車に被弾しました」
「損害は?」
「軽微です」
「敵、発砲!来ます!」
相手の位置を割り出す前に、敵は次々と撃ってくる。
伝わる衝撃に、僕もイオも椅子に備え付けられた肘掛にしがみつくようにして、歯を食いしばった。
「マスター」と僕を呼ぶコスモスの声。
「機関車両に被弾」
「大丈夫!?」
機関車に当たった。
この子は動力集中方式だ。もし、敵の攻撃で機関車が壊れたら、太刀打ち出来なくなる。
嫌な冷たい汗が一瞬にして大量に吹きだした。
「大丈夫です。威力はそこまで強くありません」
相手の砲弾が装甲を貫かなった…………?
とにかく運がよかった。
「コスモス、敵の正確な位置が分からないんじゃこっちが不利だ。今は、逃げよう」
「でも、ご主人様!」とレーダー手の席に座るイオが割って入ってきた。
「このまま逃げたら、迎え撃つというご主人様の命令が遂行できなくなってしまいます!」
イオは悲しそうに言う。
彼女たちにとって命令は絶対。
僕は自分が軽々しく迎え撃とうと言ってしまったことを後悔した。
「ごめんね。その命令、撤回する。今は逃げて、生き延びよう」
揺れる車内で、諭すように僕は微笑みかけた。
「コスモス、機関出力全開!前進一杯!とにかく逃げて!!」
「了解しました。機関全開。セーフティー解除。前進一杯」
僕の席から左側に備え付けられたモニターは客車の下を映しており、車輪から火花が散っている。前方のコスモスを牽引する巨大機関車は一度大きく空転してから、さらに回転する速度を上げた。
加速するコスモス。
僕の周りにある機器がガタガタと音を鳴らし始めた。
普段の走行ではあまり大きな揺れの無い列車だけど、この時だけは酷く揺れて、立ち上がれないほどだった。
この異常さに、僕の身体は死ぬ瀬戸際にも近い恐怖を感じた。
外の景色を映す中央のモニターには。先ほどまで穏やかな波のように蠢いていた超空間の模様が、今ではこちら側に流れる線となって流れていく。
「マスター。車内の安全装置には万全を期していますが、この速度では対処しきれません。しっかり掴まっていてください」とコスモスの声は震えて聞こえた。
「分かった」
前進一杯。それは艦船なんかである、機関が壊れることを考慮しない限界の速度。
アニメや漫画で見たことがある。
以前、里久が見せてくれたものでそんなシーンがあった気がする。
まさか、コスモスにもあるとは思わなかった。
そして本気を出した彼女がこんなにも早く動けることも。
コスモスは、超空間を突き抜けて走って行った。