心を明るくしてくれるような澄み渡った青空の下、雄大な山々の麓に長く深い渓谷があった。人間の文明や化学の力が及ばない、大自然の中に明らかに不自然な人工物が鎮座している。渓谷の底には川が流れており、ギリギリ着水しない高さでコスモスが停車しているのだ。
僕は発令所で各モニターをチェックしながら、コスモスに命じた。
「コスモス、損傷した箇所を確認、自己修復して。それと装甲車の準備をお願い。修理してる間に外を見てくるから」
「かしこまりました」少し間を空けて、コスモスは続けた。「しかし、私が動けない間に行動されるのは危険かもしれません」
「大丈夫です!私がついています!」と横からイオは言い、自分に任せておけと、自信満々に胸に手を当てている。彼女の笑顔が、どこかドヤ顔を思わせる。
なんでこの子はこんなに自信満々なんですかね……。
「危なくなったら逃げるよ。コスモスには無理してもらっちゃったから、少し休んでて」
「………分かりました。では、私はマスターが安全に探索できるように支援します。イオ、アレをマスターに渡して」
胸を張っていたイオは今度はコクッと頷き、後ろから何か黄色い、棒状の物を持ってきてくれた。差し出されたそれを僕は手に持ってみた。その途端に、ずっしりと重い感じがして、わずかに腕が下がった。なんだか、ダンベルを思わせるものだった。
「何これ?」
「携帯用の簡易バリアー発生装置です」
「簡易バリアー発生装置?」
「はい、私の持つバリアーほどではありませが、多少の小口径の銃弾や、手榴弾には有効です。使用者の周囲をドーム状に展開するタイプで、広範囲をカバーできます」
「へぇ、凄い。そんなものまで作れるんだね」
簡易バリアー発生装置をくるくるとまわし、上や下から見てみる。
「ただし、有効時間は30秒ですのでお気をつけてください」
「あ、制限あるんだ」
何かあった時の対策ってことかな。コスモスがせっかく用意してくれたものだから、ありがたく受け取らないとね。
「分かったよ。ありがとう」と僕はそれを、刀のようにズボンのベルトに差し込んだ。
「それでは、お気を付けて」
「うん、行ってきます。行こ、イオ」
「はい!ご主人様!」
僕が発令所を出ると、イオも後ろについて来て、並んで連結幌を渡った。木造製に見えるように造られた旧式な客車を数両ほど移動し、後ろに連結されている格納庫車両に着いた。デッキから車内に繋がるドアを開けると、この車両は他とは違って近未来的で、壁は灰色で、機械的に所々点滅していた。いつもの装甲車は天井から伸びるアームに固定されていた。僕らが近づくと、車のドアが独りでに開き、イオと2人で後部座席に座った。思えば、この装甲車にもお世話になってばかりな気がする。
「装甲車、起動」
僕の指示に装甲車内の運転席の計器が光り出して、エンジンがかかった。ブルブルブルと頼もしい声と振動は、どこか懐かしいものを感じた。
装甲車の準備が終えると、今度は客車の壁が2本のアームによってスライドして開いた。ちょっとした秘密基地みたいだ。
アームが装甲車から離れたようで、『準備完了』という文字が装甲車の運転席のパネルに表示された。
「よし、行って」
装甲車のハンドルとシフトレバーが一人でに動きだし、装甲車は左前へと進んだ。
前に乗ってて分かったことだけど、この装甲車は、実はコスモスと同じように宙に浮くこともできる。超空間ではその機能を使ってコスモスに乗った。今は逆に空中停車しているコスモスの客車からそのまま飛び出し、深い渓谷を上昇した。しばらくゴツゴツした岩が流れるのを、小さな窓から覗いて見ていると、地上に出たようで、一気に眩しくなり、目を思わず瞑った。それからゆっくりと目を開けると、目の前には真っ青な空と、輝かしく生い茂る草原が目に入った。装甲車は宙を飛び、降下して着陸し、車内が大きく揺れた。
「うわっ」
「きゃっ」
僕もイオもその揺れに驚き、2人で車内の手すりに掴まった。装甲車はそのままアクセルを全開にして、荒れた道に揺られながら進んでいった。ここは山々に囲まれていて、特別見晴らしのいいものではなかった。
雲が段々と流れていく。オフロードを走ることも想定されているこの車のタイヤは地面の凹凸をよく捉えていた。そのせいで結構揺れた。あまりに揺れるので僕はなんだかお尻が痛くなってきてしまった。ちょっと退屈になってきてしまったこともあり、僕は天井のハッチから身を乗り出し、辺りの観察を行うことにした。後部座席の中央にある踏み台に足を乗せ、ハッチから身を乗り出した。
本当に、どこを見ても青空だ。この世界に僕達しかいなくて、このだだっ広い世界に飲み込まれそう。そんな感覚になった。
「ハンザさんの世界に似ていますね、ご主人様」
横から、イオも身を乗り出した。
「うわ、びっくりした」
「あ、申し訳ありません。私も気になって」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ。………そうだね。ハンザの世界にちょっと似てる。ここにもやっぱり異世界にいく技術があるのかな」
「何か情報が得られるといいんですけど」
「今の状況なら、逆にないもない方が安心だけど……」
「ご主人様!あれ見てください!あれは何ですか!?」
「ちょ!うわ!」
突然のイオの大きな声に驚き、危うく落ちかけるのをなんとか堪えた。顔を上げると、興味津々な瞳と、銀色のサラサラな髪を風になびかせるイオ。その姿に一瞬見惚れた。
こんな時に、心臓がドキドキするなんて……。
そんな自分に呆れつつ、照れ隠しも含めてイオの指さす方向に視線を移した。僕は自分の目を疑った。
「どれ?」
「え!?え!?え!?」
それは、大きなトカゲだった。いや鳥だった。いや、やっぱりトカゲだ。いや鳥だ。違う、トカゲだ。
はっきりとは分からなかった。明らかに地球でみた”鳥”なんてものではなかった。だって翼があるのに、前足と後ろあしがあって、目はあまり見えなかったがくちばしは細くはなく、狂暴そうである。トカゲに羽が生えていて真っ青で広い空をゆらゆらと滑空している。
こんな生物を見たことはなかった。強いて言えば、アニメや漫画で出てくるような、そう、ドラゴンのようだった。
でもドラゴンにしては小さすぎる。子供………とかかな。とにかく今は断定できない。
ただ分かることは、あれは僕達の世界では決して見られない、この世界の生物であるということだ。
「あれ、何でしょうね?」
「ごめん、分からない」
「ご主人様の世界にはいない生物ってことでしょうか」
「うん。見たことないんだ。あんなの」
「ふふ。面白そうな世界ですね」
そう言って笑うイオだったけど、僕はなんとなく、胸騒ぎがしているのを感じていた。
「あ、ずっと向こうに人がいます」
「え?どこ」
またイオの目線を追ってみると、何か粒のようなものが見えた。
よーく目を凝らしてみた。薄っすらと人影?のようなものが見えた。
「よく見えるね」
「目がいいので」
いや、その説明は無理があるんじゃ…………。いくら目が良くても、あの距離ではただの点だ。人に見えなくはないけど、イオは迷わず「人」として認識した。この時改めて、イオが人間を超える存在たと認識した。
「そうなんだ。どんな感じの人かわかる?」
「えーと…………。何かの動物が大きな箱に繋がれていて、それを十人くらいが囲っています。
何かの動物に繋がれた箱…………馬車?。
「武器を持っているみたいです」
「武器?」
「はい、武器です。あれは確か刀?でも見たことないです。あと、槍のようなものもありますね」
どういうこと?馬車、刀、槍………………。もしかして、何かトラブルにあっている?それともただの旅?
「囲ってるって言ってたね」
「はい、馬車に向かって刀や槍を構える人たちと、それに対抗するような、なんていうか、変な服を着た人たちがいます」
「変な服?」
「はい。なんだかとっても堅そうなものです。銀です」
「もしかして、鎧?」
「鎧って言うんですか?」
イオは首を傾げた。鎧という言葉を本気で知らないとい素振りだ。
そっか。この子は、見た目は僕の一つしたぐらいだけど、生まれたのはごく最近なんだ。だから、まだ見たことのないものが多いんだ。ただ、イオの説明からして、この世界の住人であることと、何かあったことは確かだろいう。鎧を着た人を武器を持った人が囲ってるいうし。何か大変なことになっているのなら、助けたい、いや、でも武器を持っているならイオでも戦闘は厳しいんじゃ……………。銃を相手にした時は強かったけど、刀相手はどうなのか…………。
そうこうして悩んでいるうちに、車は集団に近づき、僕にもようやく見えてきた。
「あれは……」
馬車だ。馬車の周りに護衛の兵が立ち、さらに彼らを囲うようにして十数人の男たちがいる。
この異様な状況と男たちの服装からして彼らは盗賊。この状況は、貴族か商人か、身分がある人達の馬車を襲撃している、という事か。状況を見るに、囲まれている人たちはいきなり襲われた、ということなのではないだろうか。
相手がこの世界の住人であれ、何であれ、困っている人を助けないということが、どうにも出来なかった。情けないような気がするけど、やはりイオに頼るしかない。
「イオ。あの馬車を助けて」
「馬車?」
「あの動物に繋がれた箱を守って」
「かしこまりました!」
「あ、一応言っとくけど」
「分かってます。殺さない程度にして追い払います!」
「お願い」
イオは装甲車のハッチから身を乗り出すと、屋根を踏み台にして空高くジャンプし、盗賊と近衛兵の間に着地した。
それを確認した僕は装甲車に彼らの間に割って入るように命令すると、ハッチにつけられた手すりを強く握りしめた。命令を実行するために、装甲車はハンドルを切り、ドリフトしながら、馬車を庇うような位置に停車した。
僕は停車したことを確認してドアを勢いよく開けた。
「大丈夫ですか?!」
「こ、これは何だ!?」
近衛兵たちは完全にあっけにとられていて、装甲車と僕を凝視した。驚愕の表情はやがて殺気に満ち、槍をこっちに向けた。思わず、僕はドアの影に隠れた。正直かなり怖い。あそこまで誰かに殺気を向けられたのは初めてな気がする。顔だけは出して、自分たちが敵ではないことを叫ぶしかなかった。
「話は後です!今は皆さんを助けます!」
一瞬、呆けたような顔を向けてくる兵士。
「わ、我々は助けなど!」
助けなどいらない、と彼らは言いたそうにしていたけど、どう考えても数的に不利だ。
それに実際、身動きが取れなていなかった。
「とにかく、ここは僕たちに任せてください!!」
「なんだ!あの少女は?!」
兵士の誰かが叫び、その方向に他の人たちが一斉に振り向く。
見ると、イオが盗賊のような人たちと何やら話しているようだった。
「ガキが何の用だ?そこにいると邪魔だ。さっさとどきな!!」
盗賊の1人が短剣を突き出し、怒鳴り散らした。彼の服は薄汚れて見えた。
「私はご主人様の命令によって、あなた方を排除します」
「…………排除だって?」
一瞬の沈黙のあと、ワッと盗賊たちは一斉に嗤いだした。
嘲笑の視線を向ける者、お腹を抑えて大声で笑う者。反応は様々だったけど、明らかにイオを見下している。それもそのはずだ。イオは彼らにとって何歳も年下の、ただの子供なのだから。しかも武器も何も持っていない。
「何も装備していない君たちでは危険だ!我々のことは置いて逃げるんだ!」
剣を握る手は震えていたけど、それでも自身の身の危険よりも僕らを優先して、近衛兵の1人はそう言ってくれた。
僕を除いて、誰一人として彼女の発言を真面目に受けとる人はいなかったのだ。
「イオ、気を付けて!もしかしたら凄く強いかも」
「大丈夫です!私に任せてください!」
イオは一瞬こちらを振り向いて微笑むと、瞳を紅く染め、向き直って応戦体勢に入った。
「おい!お前ら!ガキもろとも殺るぞ!」
「おおおおお!!!!!!」
盗賊の長のような人だろうか。誰よりも体つきが良い、傷跡だらけの男が図太い声で仲間に合図すると、盗賊たちは剣を、槍を構え、イオに襲い掛かった。
血気盛んな男たちは目の前にいる少女に向けて、大きな刀を振り下ろす。イオは余裕層に躱して拳を握り、男のお腹に一発喰らわせた。もろに攻撃を喰らった男は10mぐらい後ろに吹き飛ばされた。
仲間たちは驚愕した。自分よりも体格が小さく、細い腕を持つ少女が、大人の男を易々と殴り飛ばしたのだ。目の前の現実離れした存在を理解するのは、きっと難しい。
「くそっ。身体強化の魔法か何かか。野郎ども!ただのガキだと思っていると痛い目見るぞ!」
先ほどの長は再び仲間たちを鼓舞し、仲間たちはそれに答えて今度は連携戦術をとりイオを囲った。受けて立つと言わんばかりに、イオの方も構えた。