人々が生活を営む繁華街の道路に、2体のロボット。
両者はゆっくり、またゆっくりとお互いに脚を重々しく動かし、近づく。
ズシン、ズシンと足音が建物の壁に反響して、不規則なリズムを刻んでいる。
「なぁ、あいつ、人は乗っているのか?」
奏汰は、友里がこのフライアを動かしている時の記憶を思い出していた。あの時のロボットはコックピットに、奏汰と同様、人が搭乗して操っていた。もしも、ここでいま目の前にいるロボットを倒してしまえば、自分は殺人者になるのではないか、とふと考えたのだ。
「どうなんだ?」
彼の問に、フライアはメインカメラのモードを切り替えて、敵ロボットの内部に生命反応がないか確認し、その結果をメインモニターに反映した。そして、フライアの声はコックピット内の奏汰に聞こえ、呑気な口調で答えた。
「人はいないみたいだよ。無人機だね。自律して動いているようには見えないし、多分、遠隔じゃないかな」
「そうか」
ひとまずは、遠慮なくあいつ倒していいな、と少し身軽な気持ちに奏汰はなった。
しかし、こおでまた、別の問題が発生した。
「武器はどうしよっか。この間の対艦長距離連装粒子砲(ラグナロク)を使う?」
「いや、あれは威力がでかすぎる……。まだ、ここには逃げ遅れてる人もいるし、市街地だ。他に武器ない?」
「機関砲とか?」
「いや、だから逃げ遅れてる人に流れ弾あたったら危険だって」
「対空対地追尾ミサイル(グングニル)ならどう」
「どういうやつそれ」
「敵を追いかけるミサイルだよ。ここら一帯がなくなるけど」
「却下!」
こんな呑気な会話してる場合じゃないのに……。
奏汰は頭を抱えながら、やるしかないか、とモニターを睨む。
「やっぱ、素手が一番だな。あいつ殴るぞ。ほら、昔のマンガじゃ男は拳で語り合えって」
「私、一応女の子なんですけど?………でも、まぁ相手も素手でやる気みたいだね」
ロボットはあからさまに腕を伸ばし、掌をこちらに向けて向かって来ている。先ほど、ミサイルを無効化されて、素手での肉弾戦の方が良いと判断したのだろう。
「丁度いいな、と」
レバーを押すと、フライアも両腕を伸ばし、掌を相手に向けた。
ズシンッズシンッズシンッ。2体のロボットの足音が重なる。不規則なリズムを刻んでいる。両者の距離は10数メートルまで近づいてきた。
ついに、お互いの手が触れる。途端、手と手を組み、力比べが始まった。敵の極太の腕からはその腕力を彷彿させるものがあり、フライアは若干押された。
「……やっぱ力強いな。さすがに見た目だけじゃないか。フライア!」
「パワーモード!」
その声が合図となり、フライアは比較的小柄で、細い腕にも関わらず、図体の大きい敵を押し始めた。
キキキ……と金属が擦れる甲高い音が、夕焼け空の下の街に響き渡った。遠くからはパトカーや救急車、消防車のサイレンの音がして、フライアの高感度音センサーが捉えた。拾った音を奏汰も聞いた。
フライアはエンジンをフル稼働させて、自身の怪力を以て敵のロボットを並ぶ家々に投げ飛ばした。
「あまり時間がないな。急いでこいつを片付けないと、俺らまで掴まることになるかも……」
「やっぱり砲撃して粉々にするしか……」
「それだと被害が……」
奏汰とフライアが話している隙、ロボットは体勢を整え、硬い拳で彼女たちに殴りかかった。鋼鉄の拳は胸部装甲にもろに直撃し、今度はフライアがバランスを崩して反対側の家に倒れた。衝撃は内部にも伝わり、奏汰は背中を強打した。
「ぐっ……!何とかこいつの動きを止められたら……!」
奏汰は考える。敵を止める方法。周りに被害を出さずに、どうにか動きだけを止める方法を。
「また来るよ!」
ハッとして前を見た時には、敵はもう片方の拳でフライアを殴りつけていた。
ドンッと装甲に硬いものが衝突する音が聞こえた。攻撃され、フライアの身体は地面に沈んだ。敵は、これを絶好の機会と捉え馬乗りになって次々と殴りつけてくる。
ドンッドンッドンッドンッドンッ!
かなり分が悪い状況となってしまった。いくらフライアの装甲が頑丈だからとはいえ、このままでは成す術なくやられてしまう。それは奏汰もフライアも分かっていた。
敵の胴体を奏汰はモニター越しに観察した。敵の丸みを帯びた胴体。中に人がいないとすれば、おそらく内部構造物は、機械類でぎっしり詰まっているか、分厚い装甲に覆われているのだろう。
……そうか!
「フライア。敵のエンジンを抜いたらどうだ?」
「……!それありかも!」
殴られながらも、フライアはさっそく、自身が持つ高性能カメラで敵のパワーパックを探した。サーモグラフィカメラによれば、敵の胴体の中央に高熱源反応が見られた。
「高熱源反応を確認。多分、敵の胴体。前の方にエンジンが付いてる。狙うならそこ!」
奏汰もモニターで確認する。
「フライア、この状況、どうにかしないと」
「さすがに相手が重くって、ここから体勢を戻すのは……」
「さっき機関砲あるって言ってたよね?」
「え?うん。両肩に2門ずつ」
「今、俺ら空向いてるし、こんな至近距離なら外さないだろ。これなら撃ても誰かに当たらないんじゃ?」
「なるほど、たしかに」
次々と、奏汰はフライアに提案する。フライア自身も、実は戦闘はこれが2回目で、まだ経験が浅く、自分自身の身体の使い方には慣れていないのである。こういう時、機転が利くのは生身の人間である。
「レバーに付いてるボタンを押して」
「これか?」
フライアの指示に、奏汰はレバーを握るその手の親指にある赤いボタンを押した。
ダダダダダダダダダ……。という音と共に、フライアの肩に取り付けられた砲口が閃光を放った。その閃光はいくつも連なって、一直線に敵ロボットの装甲へと叩きつけられた。さすがにこれだけで倒すのは難しそうだったが、分厚い装甲をへこませる程度には威力があるようだった。撃ち続けるうちに頭部に命中し、破壊することに成功した。
頭部を破壊された敵ロボットは後ろへとよろめき、その隙にフライアは脱出に成功した。起き上がると、砲撃を止め、両腕をボクシングのように構えた。
「奏汰、敵、右半身に装甲による凹みがある。そから動力を狙えるよ」
「よし、行くぞ!」
奏汰は思いっきりペダルを引きながら、レバーを押した。操作により、フライアの足裏につけられたキャタピラが高速で回転し、地面をローラースケートのように滑走した。敵との距離は瞬く間に近づき、奏汰が右のレバーを一度引いてから、もう一度、奥へと押し込むとその動きとシンクロしてフライアの右腕が、敵ロボットの右半身にめり込んだ。
すでに機関砲によってボロボロになった装甲を破るのは、彼女にとって造作もないことだった。敵ロボットは彼らの思惑に気づいたようで、全力で引き剝がそうとしたが、上手くはいかなかった。フライアはそのままパワーパック自体は破壊せず、そこに繋がるケーブルを引きちぎった。途端、ロボットの動きは硬直した。爆発する可能性もあったが、今回はなんとか無事に機能停止させることに成功したのだ。
「終わった……」
奏汰が背もたれにもたれかかり、安堵するのも束の間。メインモニターは真ん中で分割して、左右で異なる映像が映し出された。左はレーダーが捉えた反応、右はこちらに迫って来るパトカーやら救急車やらの緊急車両だった。
「……ゆっくりしてる暇ないか。走れるか?」
「当然よ」
「じゃ、逃げるぞ!全力で!」
「はいはーい!」
再び、奏汰はペダルを踏みこみ、フライアは土埃を上げながら、ひび割れた地面を滑走していくのだった。