斜めになったコックピット内で、奏汰は身体を起こすと頭を数度振り、周囲を一望できるスクリーンで状況を確認した。どうやら建物かどこかに吹き飛ばされたらしく、フライアの周りには瓦礫が散乱している。
「あいたた………。大丈夫か?フライア………」
「私は大丈夫。まだ戦えるわ」
先程、何が起きたのかを思い出してた。
「あいつ、ミサイルの方向変えやがった」
「誘導弾だったね」
奏汰はレバーを握り直し、体勢を整えるため、微妙にペダルを踏んだ。すると崩壊した建物の瓦礫の山が盛り上がり、中からフライアが出てきた。彼女は手でそばの瓦礫を掴み、身体を起き上がらせた。建物の空いた穴の向こうには雲が浮かぶ空があって、まだあいつがいた。心臓がバクバクと大きく脈打つ。醜悪な敵ロボットの顔は、フライアと奏汰を見下すようで、歪んで見えた。
「この…………!」
思いっきりペダルを踏む操作によりフライアは自身の脚力と、バックパックの下部に設置された小型噴射器を全開にして空中を大きくジャンプした。それは裕に5階建ての建物に相当する高さだった。敵のロボットに近づく。モニターでも、目標が大きくなっているように感じた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
奏汰の叫ぶ声は平すら操縦席に響いた。が、近づいていた目標は、今度は小さくなっていった。
「あ………」
それもそのはずである。所詮、少し高い程度のジャンプである。フライアの上昇の勢いは急速に弱まり、逆に降下していってしまっている。地面に叩きつけられないように、逆噴射を全開にし、なんとか着地することが出来た。
「だから言ったじゃん!私は飛べないんだって!」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃん!」
「もう……。また敵が来るよ!気を付けて!」
「分かっているよ」
ロボットは2人の元へ飛んでくると、空中で垂直になった。まるで妖精のように浮かぶと、今度はミサイルを発射する様子はない。代わりに両腕を伸ばし、手の先を向けてきた。手といっても指のようなものは確認できず、尖がり帽子のようになった手の先には筒のようなものが見えた。フライアが左のほうへ走りだすと、ロボットの手先に閃光が走った。
タタタタタタタタタタタタタタタ………………。
相手の方も機関砲を持っており、地上にいるフライアをまるで虫けらを駆除するかのように、容赦なく打ち込んできた。何発かは地面に当たり、小さな土の柱になった。弾道は段々と近づいてきて、カンッカンッとフライアの頑丈な装甲を叩いた。
敵の攻撃に黙っている奏汰ではなく、レバーにある赤いボタンを押して、相手と同じように機関砲を掃射した。
ダダダダダダダダダダダダ………………。
タタタタタタタタタタタタ………………。
お互いに回避行動を取りながら、しかし相手に確実に着弾させようと絶えず撃ち続けている。2つの機体が同時に撃つものだから、爆竹がなっているのかのように、けたたましい音が途切れる事なく、家々の壁に跳ね返っている。相手に人が乗っているかは分からない。とにかく、撃って、撃って、撃ちまくった。奏汰の額には汗が流れた。レバーを握る手も、はぐっしょりと濡れている。いくら頑丈な装甲に守られているとはいえ、攻撃されるということは嫌なものだ。それに、フライアの操作にだって慣れているわけでは無い。正式な訓練を積んでいない以上、どうしても感覚的なものになってしまう。彼はこれが何よりも怖かった。
機関砲の弾が空へと舞う。機関砲の弾が地面にめり込む。回避をしているつもりでも、どうしても何発かはフライアの胸やら腰やらの装甲に当たっている。損傷したというようなことは特に言われていないので、おそらくは大丈夫だろう、と奏汰は戦闘を続ける。
敵は、両腕に装備した機関砲を撃つのを止めた。砲口からは白く小さな煙が上がっている。
弾切れか?と考えた奏汰は近づこうとする。しかし敵は上昇して距離を置いた。
「ロックオンされたよ、奏汰。撃ってくる!」
「ミサイルか!何か、何か身を隠せる道具みたいなのない?!」
「発煙弾ならあるよ」
「ばら撒け!」
フライアは身をやや前かがみになった。バックパックの上部が左右に3個ずつ穴があき、そこからポンポンポンと軽い音を奏でた。同時に何かが飛び出し、空中で花火のように破裂した。それは葉人は違って地味な色をしていた。煙がフライアの上部を覆った。
ロボットの方はといえば、煙幕が張られると同時にミサイルを3発、その後に2発、さらに4発を発射した。
目標を見失った最初の3発は上手く地面に突き刺さり、グニャと潰れて爆散した。破片やら土埃やらが音速で広がり、真後ろにいた2発の軌道を変えて爆発した。しかし後続の4発は煙を抜け、フライアたちの元へと迫った。
「攻撃型防御障壁(ミョルニル)、展開」
さきほどのこともあり、フライアは全速力で後退しながら、全方位にバリアーを展開した。これならば、前後左右のどこからきても、ミサイルが搔い潜ってフライア自身にダメージを与えることは出来ない。実際に4発のミサイルは連続してミョルニルによって防がれた。
これなら、戦える!
フライアの性能の高さならば、どうにかなるかもしれない、とこの戦いに希望が持てた。
しかし油断は出来ない。なぜならば、奏汰は正規の訓練を積んだパイロットでないことに加えて、フライは陸上兵器としては優秀だが、戦車をコンセプトとして造られたために飛翔する兵器には弱いのだ。もちろんミョルニルのような対空武装や機関砲を備えているため、全くの無力というわけではない。しかしながら相手は空を飛ぶ兵器、距離を置かれれば、一方的に上空から蹂躙される可能性がある。そうなる前に奏汰は早めに決着をつけたかった。
フライアは奏汰の操縦により飛んだり跳ねたり、前後に動きながら相手の様子を伺っている。隙を狙ってミサイルを撃ち込むつもりなのだ。先ほどはチャフで撃墜されてしまったタイミングと角度に気をつければどうにかなるのではないか、そう考えた矢先、フライアが叫んだ。
「敵機、急降下!」
「なに!?」
メインカメラから敵の姿が消えた。レーダーにだけ、敵の急速に接近してくる反応がしめされている。奏汰はこの時、反応できなかった。数秒後には、フライアの身体は宙に舞っていた。
「と、飛んだ!?」
いや、違う。と奏汰はすぐに気が付いた。フライアの顔に納められた単眼のメインカメラが右にスライドし、状況を確認する。敵の影が見えた。フライアの胴体は敵に抱え上げられ、そのまま飛んでいるのだ。ロボットはそのままエンジンブースターを全開にして急上昇していく。
モニターの向こうには、奏汰たちが住む街が広がっており、学校や山が見えた。展望台か何かに友達と登ってのことだったら、綺麗な景色だといって喜んだだろうが、今は違う。飛行能力のないフライアが敵に抱えられて空高く飛んでいる。つまり、このまま手を離されれば、墜落してしまうのだ。さらに今、敵を攻撃しようとしても、近すぎてミョルニルは使えない。身体の向き的に機関砲の砲門が敵と反対側を向いてしまって当たらない。
状況は最悪。
ある程度の高さまで来ると、敵はフライアの身体を持ち上げ、勢いをつけて地面に投げつけた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
2人の悲鳴が重なり、だだっ広いこの街の風に消えていく。コックピット内の奏汰は、身体が座席側に引っ張られている。というよりかは押しつぶされている感覚に近い。どうにかしなければ、このまま地面と激突して危険だ。瞬時にそう察知した奏汰は、まだ、生き残る手はないかと考える。その間にも冷や汗はどっと体中から流れ、空中に跳ねる。
どうにかして衝撃を和らげるか、フライアを飛ばせるかしないと!飛ばす方法………ヘリコプター、飛行機、ロケット、宇宙船、スペースシャトル………………。
空に飛ばせる方法を羅列していく奏汰は、あることに気が付いた。
スペースシャトル…………そうか!!
「フライア!対空対地追尾ミサイル(グングニル)を作ってくれ!出来たら大きいやつ」
「それでどうするの?」
「ロケットにするんだよ……………!」
「あっ!」
震える奏汰の声を認識し、フライアは彼の言わんとしていることを察知した。その手があったか、と彼女はすぐさまプログラムを起動し、彼女の主兵装の一つ、対空対地追尾ミサイル(グングニル)の設定を変えた。変えたのは大きさと強度、それから推進力。フライアの重さに耐えられることと、彼女の身体を乗せて飛べる推力に重点をおき、設定していく。地面までもう距離はない。急いでバックパック内の粒子を噴出し、ミサイルを形成する。
彼らが何かしようとしていることに気が付いた敵ロボットは追いかけたが、ミサイルが形成されるまで、フライアは機関砲を掃射して近づけないようにした。
さすがにサイズを大きくしたため、形成には少々時間がかかった。と言っても数秒の差なので、どうにか間に合った。
フライアは自身が作りあげたグングニルに掴まった。同時にグングニルの推進器は点火し、弾頭を空に向けて垂直になった。地面に着く前に、落下速度は遅くなっていった。あと百メートル、数十メートルというところで、フライアは飛び降りた。ここまで落下速度を減衰できたら、あとはバックパックの推進器でどうにか衝撃を和らげることが出来た。広い道路はこの時間は閑散しており、丁度そこに着陸した。ただし勢いはそれなりにあり、完全に停止するまでアスファルトを削りながら十数メートル、火花を散らしながら進んだ。
フライアという錘がなくなったグングニルは、バネが反発するように勢いよく上昇した。敵ロボットは迫りくるミサイルに焦ったようすで空を目指して上昇していくが、推進力を向上させたグングニルを引き離すことは出来ず、むしろ距離が縮まった。ならば、とチャフを撃ってみただ、強度を上げたグングニルは、数発命中したぐらいでは誘爆しない。ついに、グングニルはそのまま方向転換をしている敵ロボットに命中した。直後に、大きな爆発が空中で起き、黒い煙がゆっくりと広がっていく。凄まじい轟音は、衝撃波と共に伝わり大地を揺らした。建物内にいた住人たちが、突然の爆発音に耳をふさいだ。音が落ち着くと、人々が出てきてしまった。
「戻るぞ、フライア」
「うん」
このまま人目についたままではまずいと判断し、奏汰はもうヘトヘトになった身体に鞭打ち、フライアを操縦して森へと向かった。