ブスの当て字の一つに「毒」がある。毒とは随分ひどいが、これは有毒植物のトリカブトの塊根部分を附子(ブシ)と呼び、毒の主成分アコニチンによって筋肉が麻痺し無表情になるさまを見て、「ブス」と呼んだことに由来するという。まぁ、外見だけならブスを見たからといって毒になることは無いものの、これが性格ブスだと話が変わってくるだろう。なにしろ友人関係や仕事関係などとなれば、自分に害を及ぼすこともあるのだから。
『正しいブスのほめ方 プレミアム』 (トキオ・ナレッジ/宝島社)では、見た目のブス・デブ・ハゲ・チビなどに対するほめ方をファーストステップとして、性格ブスの「不幸自慢」や「かまってちゃん」はもちろん、イケメン・美人といった「逆にほめづらい人」から、「だいぶイッちゃってる人」に「けっこうヤバい人」を含めて、全70タイプのほめ方を網羅している。しかも著者によれば「ブスをほめられるか否かは、すべての人間力に通じています」とのことで、そのほめ方は単なる社交辞令ではなく極めて実践的だ。
例えば各項目で繰り返し出てくる注意点が三つあり、それが数多の「ほめ方」の実用書と一線を画す特徴になっている。一つは、周囲の人たちからどう見られるか。相手を過剰にほめ上げたり的外れなほめ方ばかりしていると、「お調子者」だの「太鼓持ち」と見られて、自分の評判を落としてしまうと戒めるのだ。そのため、相手が喜ぶことだけをピンポイントで狙うのではなく、観察力と想像力を駆使して言葉を選ばなければならないと説く。二つ目は、相手を喜ばせすぎると調子に乗らせてしまい、かえって面倒くさい存在になるから、ユーモアを交えて悪口スレスレを狙うか、言われ慣れてない面を突くようにと、ほめ過ぎに釘を刺す。そして三つ目は、相手から個人的に好意を持たれ惚れられたりすると逃げられなくなる可能性があるので、自分がほめているのではなく周りがそう思っていますよと客観的な評価を演出することが必要だと助言している。ここまで読者を気遣ってこそ、実用書というものだろう。
しかし読んでいるうちに本書は、ほめ方の実用書などではなく自己啓発本なのではないかと思えてきた。というのも、項目に挙げられている「ブス」のタイプの中には、一つや二つくらいは誰しも思い当たるはずなのだから。実のところ私も、これは自分のことだと何度か気恥ずかしさに身悶えしてしまった。そして気がついた。なにしろ、ほめるのが主テーマだから本書にはポジティブな言葉が並んでいる。実際に口に出して音に聞けば、気分まで良くなるのではないかと、そんな想像さえしてしまう。そしてなにより、相手を観察するということは相手を知ろうと努力することであり、「ブス」と決めつける一方通行の感情から、双方向の関係性を築くことになるのではないだろうか。そう、相手をネガティブにだけ捉えて避けようとする「ブスをほめられない人」は「性格ブス」なのだ。
タイトルのキャッチーさに惹かれてネタ本として読み始めたら、ことこまかな分類とアドバイスに実用書として感心し、いつしか他人をほめることで欠点を持った自分を応援したくなってしまった。このトリップ感は、ヤバい薬に手を出してしまったかのようだ。少し毒のある解説文と、ブスの生態を描いたヘタウマ系のイラストに意識が麻痺したのかもしれない。そういえば、附子は加工して毒を抜くことで漢方薬の材料になり、生薬として使うときには「ブシ」と呼び、毒として用いるときは「ブス」と呼び分けることもあるという。してみると、本書によって自分の中の「ブス」な部分が毒のまま残るか薬となるか、読みかた次第で実用書としての役割が変わりそうだ。